なぜSNSを見るだけで疲れるのか | AI時代の違和感観測ライブラリー

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言葉にならない違和感には理由があります。人生・幸福・価値観を静かに観測し、本当の自分を見つめ直すためのブログです。

SNSを見る。

ただそれだけなのに、

なぜか疲れる。

別に誰かと喧嘩したわけではない。

仕事をしたわけでもない。

運動したわけでもない。

それなのに、

なぜか神経が重い。

私は昔、

これを不思議に思っていた。

SNSは便利なはずだった。

友達と繋がれる。

情報が手に入る。

面白い動画も見られる。

暇も潰せる。

本来なら、

快適になるはずだった。

しかし現実は違う。

見れば見るほど、

疲れる。

なぜだろう。

ここで一つ、

違和感がある。

SNSを見ている時、

私たちは何を見ているのだろう。

友達の日常だろうか。

情報だろうか。

ニュースだろうか。

もちろんそれもある。

しかし、

本当に見ているものは別かもしれない。

比較だ。

ここが重要だ。

収入。

生活。

容姿。

才能。

人間関係。

旅行。

仕事。

フォロワー。

SNSは、

比較の展示場でもある。

しかも厄介なのは、

本人にそのつもりがなくても比較が起きることだ。

あの人は楽しそうだ。

あの人は成功している。

あの人は評価されている。

その情報が脳へ流れ込む。

すると神経が動く。

焦る。

羨ましくなる。

不安になる。

落ち込む。

そして疲れる。

面白いことに、

昔は比較できる人数が少なかった。

学校。

職場。

近所。

せいぜい数十人。

しかし今は違う。

世界中の成功者と比較できる。

世界中の美男美女と比較できる。

世界中の才能ある人と比較できる。

これは人間の脳にとって、

かなり過酷な環境だ。

さらに違和感がある。

SNS企業は、

人を疲れさせようとしているわけではない。

むしろ逆だ。

長く見てもらいたい。

長く滞在してほしい。

だから興味がある情報を出す。

すると私たちは見る。

さらに見る。

さらに比較する。

そして疲れる。

誰かが悪いわけではない。

構造がそうなっている。

私は最近、

SNS疲れは意思の弱さではなく、

環境の問題なのではないかと思っている。

真面目な人ほど疲れる。

感受性が高い人ほど疲れる。

優しい人ほど疲れる。

なぜなら、

たくさん受信してしまうからだ。

だからもし、

SNSを見るだけで疲れるなら。

それは異常ではない。

むしろ自然な反応なのかもしれない。

問題は、

あなたの神経ではない。

問題は、

比較が止まらない構造なのかもしれない。


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SNS。

承認。

成功。

労働。

AI。

なぜか全部おかしい。

そんな違和感を感じたことはありませんか。

なぜSNSを見るだけで疲れるのか。

なぜ成功しても満たされないのか。

なぜ真面目な人ほど消耗するのか。

私はその違和感を観測し続けています。

ブログでは書けない観測記録は、

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観測者K

なぜか全部おかしい。

その違和感を静かに観測しています。