前回の記事で、あなたが頼りにしている「〇〇専門カウンセラー」のテンプレートが、実は私が過去に設計したものであり、生身の人間(あなた)の心を「他人の負の感情のゴミ箱」にする欠陥品であることをお伝えしました。


ここまで読んで、あなたはまだこう反論して自分を保とうとしているかもしれません。

 

「でも、矢場田先生が教えてくれる『WEB広告(PPC)を使った自動集客』があれば、ブログやSNSを毎日更新しなくて済む。集客の苦労がなくなる分、カウンセリングだけに集中できる素晴らしいシステムだ」と。


残念ですが、それは完全に「システムを支配する側(教祖)」に都合よく書き換えられた幻想です。


今回は、ライティングとシステムの神(創造主)の視点から、あなたが信じている「WEB広告による自動集客」が、いかにしてあなたの精神を破壊する『地獄のパイプライン』であるかを、冷徹な算数で完全に証明します。

 

 

1. 「自動集客」がもたらす地獄のスケールアップ
 

ビジネスにおいて「集客の自動化」は、一見すると労働からの解放(自由)を意味するように思えます。

しかし、メタ認知(神の視点)で構造全体を俯瞰してください。
 

フロントエンド(集客)をWEB広告で自動化しても、バックエンド(サービス提供)が「あなた自身の心と時間を使った1対1のカウンセリング」である限り、何が起こるか。


答えは残酷です。
 

「あなたの脳と心に向かって、見ず知らずの他人の『重い悩み』『トラウマ』『ヘドロのような負の感情』が、24時間365日、全自動で大量に流し込まれ続けるパイプライン」が完成するのです。


ブログやSNSの手作業集客であれば、集まる人数にも物理的な限界がありました。
 

しかし、広告でお金を使えば使うほど、この「負の感情の流入量」はスケールアップします。

 

 

あなたは集客の労働から解放されたのではなく、「他人の不幸を全自動で浴び続ける、効率化された拷問装置」のスイッチを自ら押してしまったのです。


 

2. 広告費が引き起こす「強引なセールス」への強制移行
 

さらに、WEB広告(PPC)を使うことで、あなたの「心優しきカウンセラー」としてのアイデンティティは完全にトドメを刺されます。冷徹な算数を見てみましょう。

 

広告を回すということは、「毎月数万円〜数十万円の現金が確実に出ていく」ということです。
 

広告費をかけて「初回お試しセッション(低価格)」に人を集めた以上、そこで終わられてしまえば、あなたは完全に赤字になります。


つまり、広告費を回収し、利益を出し、教祖が謳う「月商100万」を達成するためには、「目の前に来た相手に、何が何でも高額な回数券(継続コース)を売り切らなければならない」という強烈なプレッシャー(算数の強制力)が働くのです。


・「この人はお金がなさそうだけど、広告費がかかっているから売らなきゃ」
 

・「本当に私が治せるか不安だけど、反論処理のテンプレ通りにクロージングしなきゃ」

 

あなたは「クライアントのため」と自分に言い聞かせていますが、本音は「自分の広告費の赤字を埋めるため」に、相手の不安を煽って高額商品を売っているのです。


この「優しさ」と「資本主義の算数」との間に生じる凄まじい認知不協和が、心優しいあなたの精神を極限まで追い詰め、最終的にうつ病へと引きずり込みます。

 

 

3. 【ライティングの神の視点】言葉は「感情の同調」ではなく「フィルター」だ
 

私がなぜ、自ら設計した専門特化テンプレを捨てたのか。
 

それは、言葉(ライティング)の使い方が根本的に間違っていたからです。


矢場田氏のメソッドでは、広告の文章やLP(ランディングページ)を使って、「あなたの辛い気持ち、わかりますよ」「私が寄り添いますよ」と、読者の負の感情に【同調】して集客します。


しかし、神の視点から言わせれば、言葉を「他人の感情に同調(共感)するためのルアー(餌)」として使うこと自体が、最大の自己搾取なのです。

 

システム管理者が使うライティングとは、同調ではありません。
 

「自分にとって都合の悪い人間(依存的な人、重すぎる悩みを抱えた人)を、全自動で弾き飛ばすための『冷徹な算数のフィルター』」です。


あなたが言葉で他人の痛みに寄り添おうとする限り、あなたは一生、他人の感情のゴミ箱であり続けます。

 

 

次なる扉:「人を救いたい」という最悪の麻薬
 

「じゃあ、カウンセラーとしてどうやって人を救えばいいんですか?」
 

「負の連鎖を断ち切るという使命はどうなるんですか?」

 

まだ、そんな寝言を言っているのですか。

 

あなたがこの「感情労働の無間地獄」から抜け出せない最大の理由は、広告のせいでも、セールススキルのせいでもありません。
 

あなた自身の奥底にこびりついている、「人を救いたい」「社会貢献したい」という『メサイア・コンプレックス(救世主妄想)』のせいです。

 

次の記事では、教祖たちがあなたをタダ働きさせるために多用する「社会貢献」や「やりがい」という言葉が、いかにあなたを縛る『最悪の麻薬』であるかを、冷徹に解体します。

 

もし、まだ「それでも私は人の心に寄り添いたい」「いつか感謝される立派なカウンセラーになるんだ」とお花畑な夢を見続けたい方は、ここでページを閉じて、広告費の支払いに怯えながら明日のセッションの準備をしてください。

 

「人を救う」という傲慢なエゴを捨て、自分の人生を取り戻す覚悟がある者だけ、次のページへ進んでください。


⇒ 【次へ】第3回:「人を救いたい」は傲慢なエゴ。社会貢献という麻薬があなたを殺す理由