私は独身の時からよく福島を訪れていた。
 
きっと福島が好きなのだ。
 
一人でバイクで来たり、仲間と来たり、母を連れて鶴ヶ城や蔵の町を観光したり。
今の妻と一緒に桜を観にきたり。
 
特に春の福島は美しい。
 
 
***
 
社会人になって初めて好きになった女性は職場の先輩だった。
彼女は福島県の新鶴村(現在は会津美里町)出身の人だった。
 
ちなみに現在の妻ではない…💦
過去の妻でもない。
元カノでもない。
正直、付き合ってもいない…💦。
 
当時彼女は庶務さんで、入社当時からとても優しく接してくれる先輩だった。
少し残った福島訛りが暖かく心を和ませた。
仕事で失敗しても、その人と会話すると元気がでた。
私は恩返しにギャグでその人をよく笑わせた。
 
1年ほど経ったある日、彼女から突然デートに誘われた。
 
有楽町のマリオンで映画を観たあと、イタリアンレストランでランチして、街をブラブラして、喫茶店でお茶をした。
 
デートの経験がほぼ皆無だった私は”ド緊張”していて、その日のギャグもイマイチだったと思う。
デート中に何を話したのかあまり覚えていない。
 
その夜、彼女は私をアパートに招いてくれた。
彼女は部屋着に着替えると、アルバムを開くように実家の福島のことや家族のことを話してくれた。
 
話が途切れると、そこで彼女は衝撃の事実を打ち明ける。
 
「私、会社やめるの…」
 
私は動揺した。
退職後は実家で暮らすと言う。
 
理由も何も訊かなかったと思う。
どうして良いかもわからず、気の利いた話題も見つからない。
私は子供のように黙り込んでしまった。
何もできない自分の幼稚さが腹立たしかった。
その場にいるのが辛かった。
 
 
彼女はアパートの最寄り駅まで送ると言いつつ、一緒に改札を抜け、ホームまでついてきた。
 
ベンチに座り電車を待った。
しばらく沈黙が二人を包んだ。
 
ふと、私は重い口を開いた。
「いつかあなたの故郷を見てみたい…」
彼女は「うん」と頷いた。
 
 
横浜方面行きの電車がホームに入ってきた。
私が電車に乗り込むと、発車のベルが鳴り、慌ただしく扉は閉まってしまった。
ドアの向こうの彼女を見ると、瞳を潤ませながらも、笑顔で「○月○日」と手文字でジェスチャーを繰り返していた。
私も笑顔で「うん、うん」と頷いて返した。
泣くまいと我慢していたが、瞳に溢れた涙が、頷くたびに電車の床に「ぽたっ、ぽたっ」とこぼれ落ちるのがわかった。
 
***
 
福島を訪れる度に彼女のことを思い出す。
 
一人でバイクで来たり、仲間と来たり、母を連れて鶴ヶ城や蔵の町を観光したり。
たとえ今の妻と一緒に桜を観にきても…。
私の中の悲しくもあり初々しくもあり、そして忘れられない美しい思い出である。
 
 
彼女と出会わなければ福島をこんなにも好きになることはなかったかもしれない。
 
***
 
今年も福島に美しい春がやって来た。
私は今とても幸せである。
 
初めて訪れた新鶴村は、空の青さと稲穂の黄金色(こがねいろ)が眩しい初秋の頃だったと記憶している。
かれこれ30年も昔の話である。
 
彼女もこの美しい国で、幸せに暮らしているに違いない。
 
「ふくしまの美しい春」
おわり
 
 
Photo:
観音寺川の桜並木/猪苗代