プロ野球は勝利投手の他に勝利したチームの最後を抑えたリリーフ投手に与えられるセーブと言う記録があります。
今では名球会入りの対象にもなったこのセーブにまつわるお話ですが、セーブと言う記録がプロ野球に制定されたのは昭和49年のペナントレースからでそれ以前はいくら最終回を抑えても記録には残りませんでした。
かつて読売ジャイアンツが、9連覇を達成した初年度にあたる昭和40年、ジャイアンツにはリリーフのスペシャリストとして宮田征典と言うピッチャーがいました。
宮田投手はだいたい8時半ぐらいに決まって登場する事から「8時半の男」と言う異名も持っていました。
その宮田投手が昭和40年、リリーフのみでなんと20勝を達成しました。
登板した試合が69試合なので一年の約半数の試合に登板し、その度にジャイアンツ、ピンチを救ってくれました。
これだけでも輝かしい記録なのですが、当時の記録をセーブの対象として当てはめた場合、なんとセーブ数も20を越えていた事が明らかとなりました。
セーブが制定される以前の記録なだけになんとも残念でなりません。