自分用のスタンプを作ってみようと試しに作ってみました。
スタンプは、8個から作れて、8の倍数で最高が40個です。
他に、メイン画像とトークルームタブ画像が必要ですが、スタンプの画像が使用できます。
登録時に、販売価格を決めるので、最低が120円なので、多いほうがいいと思います。

また、自作しても、基本的に購入して使うので、40個作った方がお得です。

「LINE スタンプ 作成」などで、検索をかけると、紹介するHPが出てくるので、分かりやすいHPを参考にしてください。

LINEのスタンプはスマホからも、作れるようですが、40個も作ると面倒なので、PCを利用しました。

使用したソフトは、フリーの「アルパカ」です。

フリー ペイントツール FireAlpaca
http://firealpaca.com/ja/download/

1 とりあえず、ネタを考えます。
多ければ多いほどいいです。
40個で作るのが、一般的なようなので、60以上は考えた方がいいです。

2 考えたら、イラストと文字を描きます。

3 大きさは、気にしなくてもいいですが、A4横型で、20個程度が楽です。

4 自宅でスキャンするか、コンビニでスキャンします。
私は、コンビニで、1枚30円で、スキャンしました。

5 LINE用に、アルパカで作業します。
使用法は、探してください。

6 LINEクリエータの登録をします。
LINE CREATORS MARKET
https://creator.line.me/ja/

7 指示に従って、アップロードして、申請します。

8 審査待ちになるので、連絡が来るのを待ちます。

9 私は、今回、4つの画像がNGでした。
商標や、企業名が入るとダメっぽいです。
とりあえず、審査基準はよく分からないので、試しに登録して、感覚を掴んでください。

10 NG箇所を変更して、再度申請します。
ここで、40個しかないと、新たに考えなければならないので、初めに多めに作った方がいいです。
直ぐに訂正できます。

11 再び審査待ちになります。
その後、審査中、審査処理中、審査中と変わり、承認されました。

12 あとは、リリースボタンを押すと、販売できるようになります。

一応、販売していますが、自分用に作ったので、売れるとは、思っていないです。

ちなみに、スタンプは、こちらです。
https://line.me/S/sticker/8097693 

この程度の画力で、作れちゃいますので、副業的に売る気にならなきゃ、お気軽に、作って登録してもいいと思います。
自分が使いやすいように作ったので、使い勝手は悪くないかと。

今回は、土曜の0時過ぎに、申請して、同日17時過ぎに、却下されて、18時過ぎに、再申請して、日曜日の18時過ぎに承認されました。
申請から、承認までのスピードは、速くなっているようです。

 

ついに、1万円札の肖像になることが決まりました。

 

わが母校の文学部創設に関わっておられて、わが母校関係者として、初のお札に描かれます。

 

ちなみに、コンサドーレ札幌のスポンサー様である、サッポロビール様の操業にも尽力されておられます。

 

他にも、多くの企業や大学に関わり、まさしく、先生なしで、現在の日本は無かったでしょう。

 

ところで、2000円札の存在は・・・。

 

ついに発表されましたね。

 

「令和」

 

まさか、「和」がすぐに、使われるとは想定外でした。

 

前回の改元は違和感がありましたが、その経験があるのか、今回は、決まったねぇと言う感想です。

 

まぁ、予想出来たりして盛り上がったし、改元の流れも明るく放送されて、ある意味良かったと思います。

 

年齢的に、悠仁さまの継承まで体験出来そうですが、そうなると、昭和生まれって、どういうイメージになるんでしょうね。

 

慶応生まれって、江戸時代ですから、それより前ってピンと来ないです。

 

次の元号下でも、平和でありますように。

カウンセリングとドクターの診察の両輪で、治療は進みました。

 

ここ最近は、前回の診察から診察日までに、何を考えていたのか、何をやったのかが、ドクターとの診察で、体調と薬の効き目で、薬を変える感じです。

 

カウンセリングも、ここ最近で考えたことなどを、もう少し詳しく話す感じで、現状打破を目的にしているのか、よく分からない状態です。

 

ただ、薬の影響で、過去のことを考える事は減りました。

 

あとは、新たな出会いもありました。

 

私の中では、色々と雲の上の存在の人と、某所で繋がりが出来ました。

そこで、「インクルーシブ」という考え方を知ることになります。

 

声が安定しないことで、悩んでいたのですが、お電話を頂くことになり、お話をさせて頂き、声が出てると、言われ、出なくても、インクルーシブなら関係ないと言うことで、少し吹っ切れました。

 

その後ネットの、サロン等で、色々と関わっていき、直接お目にかかり、活動に参加する機会も頂きました。

 

それで、何か変わった気がしています。

 

まだ、声が安定するまで時間はかかりそうですが、その間に出来ることは、やっていきたいと思います。

 

暫くは、現状の治療体制が続くと思われます。

 

そういうわけで、今回で13回目。

丁度、1クールということで、失声症については、1度締めたいと思います。

 

今後改善してきたら、単発的に書いていきたいと思います。

 

さて、次からは、ネタが思いつくまで、思うままに書いていきます。

カウンセリングの目的は、休職期間が長かったので、復職に向けての相談もありました。

 

履歴書の、趣味・特技欄や、志望動機。

職務経歴書の纏め方ですね。

 

特に休職中の、お話をメインに。

 

あとは、失声症の原因の中3の転校についてですね。

 

時には、直後の高校時代に、バンド活動していたときに作詞した曲や、同人誌活動のネームだったり、当時から大学院の研究室での自己紹介文や、インタビュー形式の紹介文を見せたりで、当時の殻を破る事を試みています。

 

まぁ、横路に逸れることが多いですが、話しているうちに声は出るようになったりします。

ただ、中々前に進んでいるのかは分からなかったです。

そういうわけで、転院しました。

 

事前に通っていたこともあるので、ここまでの病状は把握して貰っていたので、中3の転校に固執することについて、どうするかという流れが一つで、そこからドクターとの診察時間は限られているので、カウンセラーを付けて、カウンセリングすることになりました。

 

カウンセリングは、自分史に沿ってとか、いくつか文書を書いて、それに沿ってという形で進みました。

 

でも、中々、根本的な解消にならない時期が続きました。

 

そこで、いくつかの検査を受けることになりました。

 

検査結果は、意外な結果が出ましたが、それは失声症とは別なお話。

自分なりに整理が出来たら書きたいと思います。

見た夢を聞かれるだけの治療や、胃腸の調子が悪いときに相談しても、漢方で治ると・・・。

声も膠着状態が続き、このままでいいのか考え始めました。

 

胃腸は結局、当時通院していた総合病院の消化器内科で、胃カメラで、胃潰瘍のあとと、軽い食道炎が判明。

 

また、10人はいれば、ぎゅうぎゅうな感じの待合室で、大声で話し、診察が終わっても話し込んでいる患者がストレスになり、ストレッサーになっていき、先生にも相談したのですが、あまり改善されず、メンクリに行くことがストレスになってきたので、他の病院を探し始めました。

 

とりあえず、雰囲気ですね。

で、今までの支援を受けれるかの確認。

 

平行して通い、先生との相性も悪く無さそうなので、病院変更を決めました。

決めてから、主治医に言うまで少し時間かかりましたが、ストレッサーの患者の存在も知っていたので、紹介状を書いて頂き、転院することになりました。

第二段階では、睡眠中に見た夢を話す事になりました。

 

先生曰く、夢には深層心理が現れると言うこと。

 

夢占いを連想して頂ければ分かりやすい気もします。

 

始めは漠然としか話せないですが、徐々にふと目が覚めたときに、メモを取ったりして具体邸敵に話せるようになります。

 

先生は、簡単な解説をしてくれる程度で、もう少し詳しく覚えて無いかと聞かれることがありますが、あんまり覚えて無いですね。

 

よく見た夢は、誰を相手にしてるか不明ですが怒っている夢。

これは、殻を破ろうとしているらしいです。

 

あと、選挙演説をしている夢。

何かをしたい、人に認められたいとか・・・。

 

よく分からない夢を見ても、解説してくれたり、分からないという回答もありました。

 

病院を変えるまでは、この治療が主でした。

 

ただ、声が出るようになってきても、安定しない膠着状態。

で、永遠と毎週、夢の話。

前に進めず・・・。

このまま、ここで治療してもいいのかと疑問を抱き始めました。

治療というかカウンセリングが始まりました。

 

始めは、自分史に沿って、その時の気持ちを、具体的に詳しく話すことを要求されました。

かすれ声しか出ない中、先生も我慢強く聞いてくれたと思います。

 

物心ついた頃から、失声に至るまで、数ヶ月間、ひたすら話すだけ。

特に先生からのアドバイスはありません。

共感してくれることはありますが、否定も無いです。

 

これで、論点の整理が出来てきて、以前に出て来たストレスを融解させていきます。

 

後日、先生から聞くことになりますが、私はかなり、前のめりになって話をしていたようです。

絶対に、声を出せるようになりたいと言う気持ちを感じたと。

 

時には、1度退室して、他の患者さんを捌いて、もう一度話を聞いてくれることもありました。

また、瞑想させられることもありましたし、横になって、触診されて、胃腸の確認をされて、処方薬を変えることもありました。(主に漢方薬)

 

ある程度、話が進むと次の治療が始まりました。

これが、よく分からず、数年間続きました。

それは次回に。

これまで、失声症の流れを書いてきましたが、病状について、少し一般論を書いてみます。

 

病名としては、解離性障害の一つで、声に来たので、心因性失声症という病名が付きました。

 

検索すると詳しいことは書いてるので、そちらを参照してください。

 

ちなみに、皇后陛下も以前、御患いになられたことで、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。

 

原因としては、極度なストレスで、幸せホルモンといわれる「セルトニン」が減少することで、発症するようです。

人によっては、視覚や聴覚に影響が出る場合もあるようです。

視覚の場合は、不思議なことに障害物があったら、よけるし、聴覚の場合も、指示に従えるそうです。

 

セルトニンが通常に戻るまで、ストレッサーを取りながら、数週間から、3か月程度で自然治癒するのが一般的なようです。

 

私のように、数年間に及ぶのは、珍しいようです。

 

失声症に話を戻して、基本的には、かすれ声です。

ある程度近距離(ファミレスのテーブルぐらい)なら、会話はほぼ成立します。

電話も、多少、聞き取りにくいことがあるようですが、こちらも大丈夫です。

 

喉の調子がいいときは、普通に会話が出来ます。

悪いと、かすれ声、それもかなり小声になります。

 

個人差はあると思いますが、絶対に声を出さなければだめという、極度のプレッシャーがかかると出にくいです。例えば、面接とか。

 

その辺がストレスが原因という所以でしょうね。

 

とりあえず、分野的には精神科になります。

耳鼻科で、判断できる医師は、そんなに多くはないかもしれません。

 

私は、たまたま、ドクターが、気が付いたので、メンクリにたどり着きましたが、そうじゃなかったら、耳鼻科で止まっていたと思います。

 

ボイストレーニングができる病院に通いながら、メンクリでケアを受けるのが理想かと思います。

 

声帯は綺麗だけど、しっかり閉じてないと言われたら、メンクリも考えてみてください。

 

次からは、治療?カウンセリング?について書きたいと思います。