ほとんどアメンバー限定ですが、私的な日記状態なのでココロの広い方はアメンバーさんになってください。
私の受験 中学〜大学まで
さて、
義務教育だけはきちんと頑張らなあかん。
将来の夢は看護師さん

と決めた私ですが、その前に
高校受験

を乗り越えなくてはいけませんでした。
そして高校受験のために3年間取り組んだこと
それは
学校のテストで高得点をとって、通信簿も含めていい成績を取ること!
目標の高校は祖父と父親が通っていた高校!
親子三代で同じ高校って面白い🤣というだけでなく、
県庁所在地にあって、県内でも賑やかな場所にある学校だったし、そこに毎日電車通学できるなんて素敵!しかも駅近!徒歩5分!乗り継ぎなし!
(私は山間の田舎で住んでいた)
さらに!高校の近くに両親の実家(おじいちゃんおばあちゃんのお家)があるから安心!
でもその高校は住んでいた地域では2番目に賢いと言われていた公立進学校でした。
だからお勉強頑張るしかなかった

でもそんなに勉強は嫌じゃなかったんです。
なぜなら私が頑張ったことは
☆テスト期間中にめちゃくちゃ詰め込んで、テストで良い点を取る。
5教科平均450点以上がいつもの目標!
☆授業をまじめに受けて小テストでもいい点を取る。
これは先生へのアピールになる!
それだけ!
だから高校に入ってからの勉強にはつまづいたし、成績が良かったのは中学生まででした。でもそれでも別によかった!
なぜかは後述します。
中学時代の部活は家庭科くらぶ
で週二回家庭科室で裁縫して遊んでただけ。
部活については当時通っていた中学校は田舎のヤンキーばっかりで部活でのいじめとかも面倒だったから部活らしい部活には入らなかった。部活に入ってなくてもいじめとかあったけどね。めんどくさ。
中学生の頃のいじめについても書きたいことあるんですが。また今度。
そんなこんなで3年間苦手な体育も一生懸命する事でしのぎ、通信簿オール5も叩き出したりして希望の公立高校に推薦入試で合格が決まりました!
そんな中学時代によく言われた母親の言葉があります。
それは
義務教育だけはきちんと頑張らなあかん。
勉強よりやりたいことがあるなら高校生から。
高校は部活と恋愛で青春しすぎて、中学時代が嘘みたいに成績が悪かった。でも看護師さんになる為の学校はいくつか選択できた。それは母親のこの言葉のおかげです。義務教育を頑張って賢い高校に入ったから!
国公立大学を目指すようなレベル で勉強してたので、普通の授業が進学校でない学校に比べてレベルは高くなります。ですので、学校の成績はボロボロでしたが看護専門学校の入試は正直楽々でした。数学なら教科書の一番簡単な公式で解ける問題がほとんど。英語の文章読解問題の文章めっっっちゃ短いやん!っていう印象でした。
そんなこんなで次に乗り越えないといけない事
大学受験

私も国公立の大学を目指す同級生と同じように県内唯一の公立医科大学の看護学部を目標にしていました。出来るだけお金をかけないこと前提なので県外から出るという選択肢は初めからありませんでした。私は三姉妹の長女なので私だけにたくさんお金がかかっては大変です。
だからこの大学がダメなら県内で一番授業料が安くお礼奉公もなく、歴史もある県立の看護専門学校へ通うつもりでした。前述したように入試は楽々でした。
でも国公立の大学となると私の成績では難しい。
それでも受験勉強の水準は下げずにセンター入試も受け、大学の受験にも臨みました。
が、とても合格するとは私を含めて誰も思っていませんでした。両親や学校の先生もです。
なので大学入試の合格発表を待たずに既に合格が決まっていた県立の看護専門学校に入学金(いちまんえん)を払っていたし、通学の予行練習(笑)もしていました。
大学入試の合格発表の日も皆がわーいわーい🙌ってやってるところに行きたくなかったので、合格発表の時間から3時間後に母親に車で降ろしてもらって不合格の確認に行きました。
センター試験も大学受験も一生懸命には受けましたが、心の中ではこれは思い出作りだと思ってました。
初めて経験するであろう不合格が怖かったんです。もう少し勉強頑張ればよかったと後悔して自分を責めないといけない事が嫌だった。
だから、看護師さんになれないわけじゃないんだから、進学校に通っていた集大成として大学受験は経験しておこうくらいの気持ちでした。
だがしかし!
何度確認しても私の受験番号が合格者のところにあったのです!
運が良いとしか言えませんでした。
その年は例年より受験者が少なく、倍率は2倍ほど。2人に1人が合格できる年でした。前年や翌年は3倍や4倍の倍率でした。
さらにフラットな気持ちでセンター試験を受けていたからか、過去のどの模試よりも良い点数を取ることができていたのです。分からない問題に時間をかけず、分かる問題に力を注いでケアレスミスの無いように見直しを何回もしました。
私ってラッキーなのかも。
こうして私は受験の失敗という挫折を一度も味わう事なく大学生になりました。
こんな勉強大人になってなんの役に立つんや。
ってまだ小さい息子や娘にもいつかは言われるかもしれません。私はこう答えようと心に決めています。
大人になって役に立つことなんかほとんどない。あるといえばテレビのクイズがちょっと楽しくなるくらい。
でも、大人になるために役に立つ!
大人になって思ったことなのでこの意味が分かってもらえるか自信はないです。何事にもアンチな中学生でもなるほどと思える言い回し考えとかないと。
仕事を選択する事
私の職業は看護師です。
今は育休中です。ちょうど産休から育休に切り替わったところです。
看護大学を卒業して資格をとってから7年目
5年目の途中で産休育休に入り、今年の4月から4ヶ月だけ復帰してまた産休育休へ。
なので経験年数は丸5年には届いていません。
でも最近なってようやく
看護師さんになって良かったと心から思えるようになりました。
何が?どんなところが?っていうのはまた別の記事に書きます。
私が看護師を目指そうと思ったきっかけは
人が好きだから でもなく
命を救う事を仕事にしたい でもなく
病院で出会った看護師さんに憧れてたから でもない
『親にすすめられたから』です!
胸張って言うようなことじゃないだろって感じですね。なんかカッコ悪いですか?そう思います(笑)
看護師さんになろうかなって思い始めたのは小学校高学年のころ。
でもただ親の言いなりだったってわけでもなく
まぁ他にやりたいことも無かったっていうのもあったけど
母親が
看護師になればよかった
と時々口にしていたから。
私の母の仕事は医療事務。福祉系の短大を卒業していますが、同校で編入して看護師の資格を取る道も選ぶチャンスがあったらしいのです。
でも若い時の母は早く働いて社会人になりたかった。自分でお給料稼ぎたかった。
だから看護師さんになるのはいいやって思って就職したということです。
小学校の時って
「将来の夢」っていうのを、考えなきゃいけない事が多い。
その度にどうしようかなーって母に相談したら
「看護師さんええやん。ママはホンマに看護師さんになっといたら良かったなーって今でもずっと思ってるよ。看護師さんええと思うけどなー。」
といつも返ってきてました。
理由はよく分からないけど、
看護師さんになって良かったと思える何かがあるんだろう。
それが一番の決め手だった。
母親は女性としての一番身近な先輩。
しかも子どもには幸せになって欲しいといつも考えてくれている人。
その人のいう事に乗っかって悪い事はなかろう。
中学生になった私はそう確信して看護師さんになる道を歩み始めました。
ひっそりこっそり
もう年の瀬ですね。
今年は29歳になりました。
再来年には天皇陛下が退位されて年号が変わると発表された年でもありました。
天皇陛下には早く退位してゆっくりして頂きたいと東日本の震災の頃から思っていたけど、とうとう元号が変わるのかと思うと寂しいようなめんどくさいような…
昭和の最後の年に産まれた私達は平成と一緒に歳を取ってきたから、年号が変わったら今何年なのか、今何歳なのかわからなくなるなと(笑)
昭和63年生まれの人のあるあるかもしれないけど
平成何年?
って聞かれたら今年で何歳になるかですぐに答えられたから平成何年かわからなくなることがなくて良かったんです。
という話は置いといて…
大学生の頃にしていたブログをまた始めました!
理由は三十路を目の前にしていろいろ思う事が多くなったから!
インスタもフェイスブックもツイッターもやってるけど、繋がってるのは顔見知りがほとんどなので見ているだろう人の気持ちや世間体も考えながら投稿しないといけないし、思っている事をストレートに出せる場がない!
なんか長々と色んなこと書いて吐き出したい!
で、こっそりブログを始める事にしました😊
日本のどこかにいる誰かに
ここいる平凡なミソジオンナの
感じてきたこと、三十路前になって思う事、人生観、恋愛観、育児論、仕事論届いたりするのかな
誰かに何かが届くかもしれない
ちょっとドキドキしながら始めてみます

