目の前に2つの書類が並べられた。
『君の選択だよ。日本に帰るか、アメリカに残るか。』
裁判所の会議室の一室。白いテーブルの上で、さらに真白で四角い。指を切りそうなほどにパッキリと裁断された、二つの同じ形の書類。
どちらにサインするかによって、私の人生が変わる。
子どもたちの人生が変わる。
この先一生の毎日が。
今まで山ほどしてきた人生の選択。でもこうやって目の前に形として現れたのは初めてで、
言葉を失くした。こういうものだったのかもしれない。
今までの選択も。形はおなじ。だけど内容が違う。
壁を挟んで顏を会わせることのないEXが、書類の内容を巡り、どなっている声を聴いていたのは数分前のできごとで。
弁護士にも食ってかかっていた彼の声を聞いて、
『やっぱりここにはいられない』
『この人と関係を断つには、日本に帰ってしまうしかない。』とおもっていた。
でも財産の全部をEXに渡して?
『日本に帰ってもどうせ子供の面倒なんか見るはずがないくせに!どっちにしろ子供を誘拐して日本に帰るつもりなんだ!あいつはそういう女だ!』
と今も言う男に子供を奪った、ひどい女だとさらに恨まれながら、財産を渡して、ゼロから日本でやりなおす??
仕事もやめて。
それはこの人の支配に負けて、すべてを奪われて、逃げかえることにならないか。
逃げた先の場所で、子供たちはどんな生活をおくることになるんだろう。
窓から見える空が今日は美しい。あおいあおい空だ。緑がうっそうとしげる大きな木。窓越しに緑の葉が風にゆれるおとまで聞こえてきそうで、芝が美しくかがやいていて、まるで性能の良いカメラで、しっかりとピントを合わせたような、外の景色。
(こんな場所にすんで、ストレスなんて抱えることあるのかな。。。)
10年前初めて来たアメリカで、そうおもった。
当時はコンクリートしか見えない小さなアパートで、ギリギリに自分を保ちながら朝から晩まで働いて暮らしていた。
東京のビルの窓の明かりは、一晩中消えることはなくて、心にできた塊をどうにかごまかしながら暮らしていた。
EXとひどい修羅場になって、崩れるほど泣いて公園にいたときも、見上げたアメリカの空は高かった。
2つの書類を前にして、言葉を失ったままの私に、
『子供たちをどこで育てたいの?君のゴールはどこにある?』と弁護士がうながす。
私のゴールは、子供たちにのびのびと育ってもらうこと。
生まれてきて良かった。ごはんを食べて、泣いて笑って、全部こみで、人生は悪くない。
それを伝えて行きたい。
だってそうだから。人生は悪くない。今だって、悪くない。自分を信じれば、また歩いていける。
今までだってそうだった。できないとおもったことだって、できてきたじゃん。やってこれたじゃん。
『私はアメリカに残る。日本には帰らない。』
私が告げると、弁護士がもう一度確認する。
『それは君の意志?アメリカに残りたい、という君の意志だね?裁判官に告げて、記録に残したら、もうあと戻りはできないよ。』
『これは、私の意志です。I will stay in America. This is what I want to do.』
一つの書類にサインする。ここ半年夢見た日本の姿が消える。
東京の街。また帰ることになるかもしれないと頭をよぎった満員電車。
交差点で吐き出される無表情の人の波。暗い地下鉄。酒のかおりがする路地裏。
闇に灯る赤ちょうちん。
『君は強い女性だね。』サインされた書類を持って、部屋から出ようとした
弁護士が、ふりかえって私に言った。
『日本人の母は強いんだよ』日本人の母を持つ弁護士が私の答えに笑う。
裁判所の手続きが終了して、最後に女性裁判官が言った。
『これであなたたちのドラマは終わりなのよ。あなたたちの結婚はおわった。でも子どもの親としてこれからは協力して、良いモデルになって行かなくちゃならない。人生は良くなる。Life WILL get better.』
LIFE WILL GET BETTER.
これで私のドラマはおわりなんだ。
ここからまた新しい人生が始まる。
後は今日の書類をまとめて、裁判官がサインをすれば、終わる。
『絶対に別れてやる。』そう心に誓って宣言した日から6か月と1週間かかった。
いや、もっと長い長い長い時間がかかったけど。もう、どこまで我慢すればいいのか、壁を見つめてトホウに暮れることはない。
できた。別れられた。
ここからは、誰のせいにもできない私の人生だ!!!!
どんな選択も、自分の意志で。
LIFE WILL GET BETTER!
人生の荒波よ!かかってきやがれ!こっからばっさばっさと乗り切ってイキテヤル!!
