幸せにするということ。 | 米国のにほんじん。

米国のにほんじん。

2004年に渡米。
米国の冷蔵庫の通称を持つひえひえのミネソタ州にひんやりと在住。
2 marriage, 3 kids, one full time job and 1 divorce laterの日々のことを、
つれづれなるままに日暮らしてきにメモ。

6月17日日曜日の正午までに家から出ること。

離婚手続きが終了するまで、子供の引渡しに関する必要不可欠な連絡事項以外一切とってはならないこと。


以上の二つを私への乱暴に対する訴えから裁判所で決定されたEX。


子供以外のことのすべてはお互いの弁護士を通して行うことになった。


それ以降、今までこちらが出るまで日に何十回とかかってきていた電話も止み、深夜に

電話に出ないと子供を起こして、会社まで連れて行く、お前が悪い母親だからだ、電話に出ないお前のせいだ、と脅されるようなこともなくなった。


無駄に心をかき乱されたり、自分も子供の前で相手にひどいことを言ってしまったり、

24時間いつでも、突然始まる修羅場が日常になるようなこともなくなり、

生活がとても静かになった。


今日6月16日(土曜)はEXの39歳になる誕生日だった。

そして17日(日曜)は父の日。


自分の誕生日に引越し準備をして父の日に家を出て行かなくてはならなくなったEX。


知り合って初めての彼の誕生日、30歳を迎えるEXは、

『今まで友達にバースデーパーティーをしてもらったことがない』と言っていた。

同じ月に誕生日を迎える当時イベントプランナーだった私は、仕事もそっちのけで、自分主催の自分のバースデーパーティーを

派手に行う予定でいた。


異国で言葉もわからないこの人が、たった一人で誕生日を迎えることになるなんて。


せっかく日本に来たんだから、最高の1日にしてあげよう。最高の誕生日にするんだ。


共通の知り合いや、飲み友達を集めて、いつものバーで、サプライズのバースデーパーティーを

彼のために開いた。


ガイコクジンだったEXは、あいかわらず口数は少なかったけど、嬉しそうにしているように見えた。


『この人を私なら幸せにしてあげられるのかもしれない』


いつも何か寂しそうで、暗い影を落とし、わが身の不幸を嘆いているような彼に、せめて日本にいる間は

良い思い出を作って帰ってもらいたい。


そう思ったのがそもそもおごりだったんだ。


幸せは誰かに与えられるものではなく、幸せを持ち寄って、付け加えていくものだってわかっていたのに。


生活を、日常をどう生きるかは誰かがきっかけになっても、自分自身が充実させていかなければならないものなのに。


自分が誰かを幸せにできるなんてひどい勘違いだったんだ。


幸せにできるどころか、お互いを引っ張り合って、ひどい形にしてしまった。


『うちの家族がレストランで誕生会をしてくれることになったから、夕方子供たちをレストランまで送迎してもらえないか?』とEXから連絡があり、

子供たちを車に乗せる。別々の車に乗って。それぞれの車にはEXの荷物を積んで。


彼は明日引越して行くんだ。私の人生から、遠ざかっていくんだ。


車の中で、『今日はダディーの誕生日だから、おめでとう、って言わないとね』と息子に言うと、


『ママとーダダとー、ぼくとー、いもうととー、FAMILYよ。

 ママと、ダダ、もうYELL(どなりつける)しないしー、FAMIL。』


EXの家族の待つレストランで子供たちだけを降ろす。EXの家族は私と目を合わせることもない。

EXが言うことを全部信じて、


彼は暴力もふるってないし、乱暴もしていなくって、私がドラックをやっているから(やってません)私の頭が病的におかしくて、嘘を並べて裁判にかけて、子供のために仕事を辞めて、私をサポートしていただけの彼を、誕生日の週末に、父の日当日に家から追い出す、なんてひどい女だ。


そう思ってるのだろう。FAMILYだから。大切な息子で、兄だから。EXの言うことを全部信じるのはあたりまえなんだろう。


『HAPPY BIRTHDAY! TO THE BEST DADDY! 』と書いたカードに息子にサインさせて

プレゼントと一緒に息子が渡し、 I LOVE DAD と書いた服を娘に着せて誕生会に送り届けた。


自分の甘さにまた吐き気がする。


誰かを幸せになんてできないんだ。


自分で自分が幸せにならないと。


『ママと、ダダは、もう、YELLしないし、FAMILYよ。』


YELLしなくなったのは、裁判所で決定したことだから。ママとダダは崩れちゃったんだよ。

こうしないと、止まらなかったんだよ。そして、きっとその枠がなかったら今だって止んではいない。


子供たちを挟んだ新しい形を築いていかないと。自分が幸せになるために。子供が自分を幸せだと感じられるように。


子供たちを幸せにしよう、と思うのではなく、愛を注いで注いで、産まれてきてくれてありがとう。

私はあなたがいることが嬉しい。あなたは私を幸せにしてくれる。ありがとうありがとう。と

毎日伝えて、子供たちが自分を幸せなんだと思えるように。


そしていつか誰かと幸せを持ち寄って、幸せを増やしていけるように。