空の色 | 米国のにほんじん。

米国のにほんじん。

2004年に渡米。
米国の冷蔵庫の通称を持つひえひえのミネソタ州にひんやりと在住。
2 marriage, 3 kids, one full time job and 1 divorce laterの日々のことを、
つれづれなるままに日暮らしてきにメモ。

昨年の6月一ヶ月だけお試しで米国に来た。

米国で圧倒されたのは、果てしなく広がる空と、その済んだ色だった。

 

米国の空は高く、大きい。そしてものすごく濃い青をしている。

夕暮れ時、太陽が沈むころは大きなキャンバスに息を呑むほどの美しい色が広がる。

西の沈む太陽は緋色から始まり、刻々とその色を変えていく。オレンジ、ショッキングピンク、紫、水色、クリアブルー、群青。そして群青の空に銀色の月が浮かぶ。

 

爪跡をつけたような月を指差し夫バニーが

『あそこで誰かが釣り糸をたらして釣りをしているんだよ』と教えてくれる。

 

変わる空の色を眺めながらベランダでビールを飲む。

 

野うさぎや野鹿が庭を通り抜けていく。

 

私からは確実にα派が出ているに違いない。

 

『東京には空がないと智恵子は言った』

 

私が東京で働いているころ、空はビルで多い尽くされ、そこに東京タワーが聳え立っていた。

ましては会社を出るといつも夜だった。ゆっくりと変わる空の色を見上げる時間も心の余裕もなかった。

その代わりいつも時計を見つめていた。

 

『打ち合わせまでに資料が作れるだろうか』

『もう一度取引先に確認の電話をいれたほうがいいだろうか』

『今日は終電で帰れるだろうか』

 

新婚旅行と称して夫バニーと義母をはとバスに乗せ、私も初めて東京タワーに登ったとき、

恥ずかしながら涙が止まらなかった。

 

一面に広がる灰色のコンクリートの海。

波のあわのように窓が連なる。

そんなちっちゃな窓の中で、私はいっぱいいっぱいだった。

ちっちゃな窓の中から、見上げた東京タワーは自分をいつも見下しているように感じた。

 

自分は一生懸命だったけれど、結局はこんな小さな窓の中で右往左往しているだけだった。

あの小さな窓から、結局外に出ることはできなかった。

 

初めて感じる挫折感だった。

 

米国に来て、ゆっくり変わる空の色のように、自分の心もゆっくりと変わっていってほしい。

 

そんなことを願う一日。