炎の王様(Fire King) | 米国のにほんじん。

米国のにほんじん。

2004年に渡米。
米国の冷蔵庫の通称を持つひえひえのミネソタ州にひんやりと在住。
2 marriage, 3 kids, one full time job and 1 divorce laterの日々のことを、
つれづれなるままに日暮らしてきにメモ。

蓄音機から流れる雑音混じりのジャズの音。

ベーコンの焼ける匂いにバターの香り。

洗いざらしたテーブルクロスに無造作に置かれる

ビー玉色のコーヒーカップ。


初めてそのカップに出会った時、カップの背景も見えた。

コロンと丸いフォルムをしたそのカップはすっぽりと手のひらに収まった。

手のひらの色も透けて見えるような

優しい優しい色をしている。

小学生の時大事にしていたメロンの香りがついた消しゴム。

カバーを取るとかすかに白い粉がついていた。

あの色だ。


雑貨屋のショーケースに飾られた一客のカップにすっかり魅せられてしまった。


、、、、欲しい、、、、


あのカップが欲しい。


キキララの櫛つきミラーがすっかり気に入って何度も駄菓子やに足を運んだあの頃。

580円という値段は2ヶ月分のお小遣いだった。

やっとの思いでお母さんに欲しいものがあると言ったときも、

値段を言ったらとっても悪い子になったようで、結局自分からいらないと言った。


しかし今!!!大人になった私は買える!このカップが買えるのよっ!!!

500円だろうが1000円だろうが、はたまた3000円だって、買えちゃうもんねっ!!!


興奮しながらカップの値段を見ると、


1万8000円。

驚いて目を凝らしてみても


いちまんはっせんえん。


こんな古ぼけたカップに一万八千円たあ何事だっ!!!!

と自分がすっかりめろめろになったことは棚にあげギャース!と

火を噴き暴れ出しそうになった。


それが私と『ファイヤーキング』の出会いである。


耐熱強化ガラスを使い、割れない、丈夫、オーブンに入れてもオッケー!を売りに

アメリカ中のレストランがコーヒーカップに採用したのがアンカーホッキング社が

1940年~1970年まで製造したのが『ファイヤーキング』。

安いからマクドナルドやバーガーキング、ミッキーやスヌーピーと様々がキャラクターも

限定グッズ、販促にプリントされ全米にばらまかれた。

形や色合いの美しさから注目される知る人ぞ知る『コレクターグッズ』


私が恋したあの優しい色は

ジェイドというシリーズに属するらしい。


ああすっかり私は恋してしまったけれど、1万八千円じゃあ手が届かんす。

100円ショップで買ったコーヒーカップでコーヒーを飲みながらしぶしぶ

耐えがたきを耐え忍び難きを忍んだ私であった。


さて、あれから5年が経ち、

両親の滞在中ふとよった古い小さな川沿いのアンティークショップで

再会してしまった。


見覚えのあるレインコート

黄昏の駅で胸が震えた

はやい足取りまぎれもなく 昔愛したあの人なのね

懐かしさの一歩手前で

こみあげる苦い思い出にことばがみつからないわ

あなたがいなくてもこうして元気で暮らしていることを

さりげなく伝えたかったのに、、、、、(竹内まりあ 駅)


ここにもそこにもあそこにも、

ファイヤーキングがあるではありませんか。


ファイヤーキングっ!!!!!!

荒くなる鼻息を抑えつつ震える手でカップを裏返し値段をチェック!!!!!


5ドル。

5ドルだとおおおおおおっ!?

私がなくなく諦めたあのカップ。一万八千円したあのカップがここ米国では5ドルで売っている。

500円、、、、、、、、、、、、


これは金になる。


何かに取り付かれたように店中のカップを裏返しにして刻印を探す私を不振に思った

夫バニー及び両親にその理由を告げると、


家族総出でカップを裏返し始める。


まさに金の亡者。

ゴールデンラッシュ現る。ゴッドブレスアメリカ。


すっかり、、、もとい、ファイヤーキングのとりこになった夫バニーはすでに

車庫を倉庫にして日本へ輸出すると想像力をたくましくしている。


気がつくと私と夫バニーの手の中には溢れんほどのファイヤーキングが。

ここで少し冷静さを取り戻し、おとなしく4客購入。

父と母にもペアで日本へのお土産とする。




ファイヤーキングのコレクターの皆様。


安心低価格で売り出し中です。


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てな一日。