高校時代 | 社会不安障害を治したい

社会不安障害を治したい

二児の母
社会不安障害と診断されて四年です
日々この障害の症状とたたかっています。
子供たちのためにも克服したい
同じような方と情報交換などできたら嬉しいです。

高校になっても自己紹介など人前でなにかを発表するのが苦手でした。国語の時間の朗読ぐらいなら平気でしたが、質問されて答えるという類いのものは頭が白くなり答えられなかったりしました。

高校三年生になり受験のため塾に通い始めました。

ある日特別なこともなかったのに塾に行く前に手が小刻みに震えだしました。テレビで低血糖の症状の一つで手が震えることがある、という部分的な情報を思いだしコンビニで飴を勝手から塾へ。。
先生の目を盗みながら飴を何個も食べていました。隠してはいても先生はわかりますよね。案の定あてられました。手の震えがきになりもとから授業に集中もしておらず案の定不正解。
特に怒るような先生でもなく質問は別の生徒へ。。。

そしてわたしは初めて気を失い椅子から崩れ落ちました。数秒で意識を取り戻したらしいですがその間の記憶はありません。倒れる前、手先が冷たくしびれ、目が霞だんだん暗くなっていった記憶はあります。意識を取り戻すときは重いまぶたを無理矢理あけるとぼっーと視界が開けていく感じです。冷や汗が大量にでるのと気持ちがわるかったです。


その日わたしは職員室で横にならせてもらい先生が連絡してくれた親をまつことになりました。でも親はなかなか迎えに来てくれずその後喧嘩になりました。


その後もたまに手の震えがあったり、電車でたっているときに倒れそうなふわふわした感覚におそわれたりして何度も電車から降りようと悩むことが度々ありました。

2度目に倒れたのは受験へ向かう新幹線のなかです。親はついて来てくれなかったのでわたしは一人で新幹線に乗っていました。受験する大学は遠かったので一泊する予定でした。新幹線も宿泊も一人でするのは初めてでした。そして私は新幹線を乗り間違え(幸い受験会場へは乗り換えで問題なくいけました)満員電車の新幹線でたっていました。目の前の同じ受験生であろう男の子(母親とのっていた)がなんの遠慮や配慮もなくわたしにくっついてくるのでとてもイラついていました。
(今思えば満員だったのでしかたかない)
そんなとき切符を確認しにした車掌さんに乗っている電車が間違っていることを告げられます


はい。
次の記憶は新幹線の床の上で目を覚ましたところです。また数秒で意識をもどしましたが冷や汗と悪心がひどく空席にすわらせてもらえました。

その後はとくにトラブルもなく筆記試験のあとの面接もそれなりにこなせました(かなり緊張はしましたが異常なほどではなかったとおもいます)ちなみに私は筆記試験では緊張しません。
そして無事この大学については無事合格できました。

面接で倒れなくてラッキーだったと思いました。日々そんな不安と隣り合わせの綱渡りのような毎日でした