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大人の踊り手です。
YouTubeとツイキャスで配信メインで活動しています。
裏話や心情を残しています。

頭の中で浮かぶことも

心の中で感じることも

ほんの一瞬にすぎなくて

 


忘れたくなくても忘れてしまうことが

悲しいなと思う

 


だからその時に感じきならいと

もう一生味わえないし

こうやって言葉にしておかないと

その時のわたしには2度と出会えない



 

言葉にするのだって1日2日って

置きっぱなしにしたら

もう元には戻れない


 

 

今日はそんな忘れたくない想いを

残しておきたくて朝からパソコンに向かってます

 

 

 








 

ずっと思っている

苦しいという感情や 悲しいという感情は

自分の人生をどれだけ振り回してくれたんだろうと

 



振り回してくれたおかげで

とんでもない遠回りをしているように思う

 



まっすぐに走れたら

明るい場所にたどり着いたのだろうか


 

まっすぐに進めたら

終わりは早かったのだろうか







 

なんてね

 

そんなことを考えても仕方ないって思うけど

 

 





 






 

そんな時が最近続いているんですが…


久しぶりに欅坂46の黒い羊を観ました

前から衝撃的に好きだったけど

 




 

久しぶりにMVを観たら

強烈に感じたことがある






たとえ彼女たちの青春を犠牲にしても

世の中に出すべき作品だったのかも





ってこと





真実などわからないから 

私の身勝手な憶測でしかないけれど



 

犠牲というものを知らない人に

あんなに苦しみ叫ぶ表現が

できるのだろうかと思う

 

 

 

その代償として発表されたものは

悲しいほどに

誰かの心を震わせることになってしまった

 

 

 

 

 




 

 だから思ったんだ

 





 

 

「傷ついてくれてありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しんでくれて 苦しんでくれて

傷ついてくれて ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そんな言葉がよぎってしまった

最低だ 人の不幸に感謝するなんて

 


 

 

ただ、自身が感じたこともない感情を

誰かの心を刺すほどに

現すことなんて不可能だと思うんだ

 

 

 


経験がないことは想像することしかできなくて

味わったことのない感情は残念ながら感じきることはできない

 

 

 

 

なんとなく分かるじゃなくて

分かりきるには自分が傷つくしかない

 

 

 

だからといって人の気持ちは理解できないと

寄り添わなくてもいいって話じゃないよ




だけど本来の共感っていうのは

共に感じるということなのであれば

そういうことなんじゃないの







それが分かってから

私は自分のネガティブな

感情をこの器で受け止めたいと思った

 

 

 

悲しいなら もっともっと悲しんだらいい

辛いなら もっともっと辛いと言ったらいい

 

 



楽しさや嬉しさは“良いこと”のように

捉えているからすぐにたのしいと言えるくせに




それだって本気で本気で

感じきってんのかよって思う 

周りが楽しいというから楽しいって言ってないか





マイナスを感じきれないのに

プラスは感じきれる 随分都合がいい








私は感情をすべて価値に変えたくて活動を始めた








正確には後悔した過去を葬りたかった


そんな動機ではじめたはいいけれど

自分と向き合うほどに溢れ出す


感じきれていなかった

気持ちを直視する羽目になった









感情をダンスで表現するとき

演じるのではなくノンフィクションでありたい

 

 


誰かになりきるのではなく

私自身が感じたものをダンスにのせたい

 

 

 

 

 

 

 

言葉だってそうだ 

どんなに拙いものであっても

自分の想いを伝えたいと思ってる

そのために感じきる 





偽らないために






誰かに良い情報を届けようとか

世間にとって評価されそうな方法論とか


ほんとどうでもいい












人間のぐちゃぐちゃな感情を


傷ついたときに流した涙を


そしてそれを乗り越えてきた強さを


示せるように…