俊チャンのインタビューとダブってしまうところもありますが
放送されたままです。
EXのメンバーとして活動する一方、2005年ソロ名義でリリースしたシングルが
オリコン初登場3位、さらにこれまでリリースしたシングルが13連続でTOP10いりしている
ソロシンガー 彼の名は
清木場 俊介![]()
自らを唄い屋と称し、男気あふれ、魂を揺さぶるロックを叫ぶ清木場 俊介![]()
音楽活動の傍ら詩や書などを発表した個展では、これまで延べ4万3千人を動員。
2009年から行ったライブツアーでは延べ8万人を動員。
多くのリスナーは彼の華やかな部分しか目にしていないだろう・・・が、実は・・・
華やかな舞台の裏にあった
清木場 俊介のリアル![]()
取材ディレクタ-のナレーションは ナ)
俊チャンは 清) で
ナ)今回我々は、清木場俊介の音楽人生をさかのぼりじっくりと話を聞くことが出来た。
清木場の原点は地元山口県宇部市。
彼はここに今も住んでいる。
デビュー前、清木場は地下道でロックをかき鳴らしていた。
清)「音楽を作ってプロになるんだ」と、いうよりは、音楽を楽しんで仲間とワイワイしたいっていう~
だから、音楽は趣味の1つでしたね!
ナ)楽しむという純粋な気持ちで音楽と関わるなか、2001年に受けたオーディションが
レコード会社の目に止まりデビューに繋がる。
清)だから、宝くじが4本位当たったような気がしましたね。なんというか、
まったく努力してないので。
専門学校に行ったワケじゃないし、ボーカルレッスンしたワケでもないし・・・。
いきなりデビューですよ!しかも、ダンスボーカルですからね~。
ナ)特別な苦もなくデビューをつかんだ清木場俊介.。
彼の才能を感じさせるこんなエピソードがある。
清)ボイトレの先生のところに行って
「清木場クン!あなたボイトレの必要ないよ!」って
なんでですか?って言ったら
「いや、習ってうまくなる人と習って崩す人がいるから!」
僕はその後者のほうで
「崩すよりはそのまま時間がかかっても自分流の声を見つけなさい。」と・・・。
ナ)類い稀なる才能を開花させた清木場は、EXとして活動する一方、2005年にソロ名義で
シングルをリリースしオリコン3位を獲得(いつか・・・)
その1年後、突然の・・・
脱 退
清木場俊介になる・・・
清)やっぱり、全部捨ててきたので・・・まず、1番売れてる時に辞めたので・・・そこですよね。
う~ん。全て、富も名誉もそこを全て捨てないと清木場俊介にはなれない。
うん。あとは、たくさんのファンの気持ちを裏切りましたからね・・・。
そうじゃなくなるこによって・・・ね・・・
清木場俊介になることによって・・・
そこが1番苦しい時ではありました。う~ん。
ナ)順風満帆に見えるアーティスト活動の中で、清木場は人知れず葛藤していたのだ。
脱退からおよそ半年前、彼はこんな唄をリリースしている。
昔から今だって不器用なんだから 今さらムリしてまで 自分を創りたくはない
僕は僕の唄いたい唄を唄う。
唄い人から・・・
清)常に自分というものが芯からブレないで、生まれてから今日まで来てるので、
その、自分がブレないなかで・・・
2つの自分がいるってことがスゴイ・・・キツかった・・・。ですね。
自分が思ったコトを書きたい!自分の考えるメロディ-を弾いてみたい!ってのがあったので・・・
だから・・・本来の自分が取り戻せたことが、まあ~。
ナ)自分という芯を貫く為ににとった選択。
その全てを受け止めて、今の清木場俊介が存在する。
アルバム収録曲「変わらないコト」
ナ)この曲に清木場の芯がある。
忘れものをしたよな 感じがするんだよ![]()
清)自分の人生、振り返ると常にそんな気もしてるし、
本当はもっと守っていかなきゃいけないものがあるんじゃないか?と、いうのもあるし。
なんか、言わなきゃいけないことも、たくさんあるんじゃないかな?ってのもあるんですけど・・・
自分にはコレしかないんだよ。
唄うことなんだよ。
自分の変わらないコト、守って行きたい。って意味でも、まあ~
決意表明じゃないんですけど・・・うーん。
ナ)多くのものを失う代わりに取り戻した「自分」という芯。
彼はこれからもブレることなく、唄い屋を続けるだろう。
本当の「清木場俊介」を知って、もっと音がすきになった。
~変わらないコト~のPVが流れながら・・・
END
来週も続きがあるみたいです![]()
私自身・・・脱退の下りは当時を思い出し涙
が・・・鮮明に覚えていて・・・
でも、俊チャンも苦しかった。って・・・
そんな思いをしたから、今、俊チャンは魂を揺さぶる唄を唄えて、私は俊チャンの唄で
元気、勇気をもらって支えられてる。
これからも、清木場一筋![]()