■小説■ 「海をかける馬」 -5話-
部屋に入ると先程の病室とほぼ同じ作りだった。
狭い廊下の両サイドにトイレやお風呂と思われるドアがあり、その奥のドアの向こうに、窓のある十五畳程の部屋がある。
基本の作りは同じだが、内装には違いがあった。
小さなミニキッチンが左奥についており、その前には一人用のダイニングテーブルセットが置かれている。
ベッドが右奥の端に置かれており、小さな窓には趣味の良い薄いピンクのペイズリーのカーテンが付けられていた。
この場所は自分の趣味に近い気がする。
「君はベッドに腰掛けてくれるか。私はここに座るから」
高谷はそう言うと、車椅子をベッドの横に着け、自分はダイニングテーブルの椅子を引っ張り出し、ベッド側に向け腰かけた。
「君から何か聞きたい事はあるかな? それともこちらから説明していこうか」
「まず、最初に、一つだけ聞きたいことがあるんです」
私は答える。
「ああ、良いよ」
高谷は組んでいた足を解き、少し身構えた。
「私の名前は、何ですか?」
私はまず思い出しておきたい事を聞いた。
目覚めてからずっと、ガラスに映った自分の姿を確認した時でさえ、自分の動かすこの体が自分のものだとは思えなかった。
まるで自意識が留まる場所を見つけられず、体内で迷子になっているようだった。
自分の名前を聞けば、少しはその感覚を鎮められるのではないかと思ったのだ。

