子供が産まれてから改めて痛感することは、
「子育て」って結局は
「私が普段どのように自分を扱っているのか?」
が表れるなということ。
子育てに関しては妊娠する前から夫婦で良く話していたのですが、
「私たち夫婦にとっての子育てとは?教育とはなにか?」をきちんと話し合えることはお互いの理解をより深めるためにもオススメです。
例えば、持ってる才能や能力を引き出してピカピカに磨いてあげるようにどのうように接していこうか?
とサラッと主人が言ってきたとき
「この人はやっぱり人の良いところを沢山見られる人なんだなあ」と私は受け取るのです。
そして「素敵だなことだな」と穏やかな気持ちになる。
何かやりたいことや欲しいものがあったときは、なぜ?なのか?論理的に考えて伝えられるようにしたいよね。ーしてはダメ!ーしなさい!みたいなのは私たちの教育じゃないよね。などと常に話している。
常に
何かを決断するための基準を気づかせてあげたり
物事をどのように捉えていくのかを伝えていく
そんなことをご飯の支度をしながら昨日も話してました。
(もちろん、これは我が家の話です。
家庭ごとに色々な意見や考えがあると思うし、それで良いことですからね!!)
これらのことって、
自分がちゃんと出来てないとまず考えとして出てこないし、どのようにやって良いのかも分からない。
自分の人生は自分で決められるということを
子供には強いメッセージとして伝えていこうと思うし、
そして自分で決めたことへは責任を持つことも。
どんな時もそれを私は見守るしサポートしていこうと朝から子供の笑顔を見ながら思うのです。
私は世間的な平均年齢よりは
少し上で結婚も出産も育児も経験している。
結婚して子育てから学ぶことはとても多い。
けれど、それらの学びに関して今まで全く気づかなかったことなのか?と言われたら違う。
結婚、子育てによって気づいた学びではなくても
私は仕事と恋愛ですでに気づいていたことがとても多い。
だから人はどんな環境でも得ようとしていれば必ず学びはあるということ。
年齢や彼氏の有無や既婚か未婚か子供いるかいないかは関係なく、きちんと大切なことはアプローチは違うとしても得られるのです。
彼氏やご主人に
〜して!
〜ダメじゃない!
何でできないの?
何でやってくれないの?
という言葉を発してしまう人は
子供に対しても
仕事で後輩や部下に対しても
全く同じ言葉をかけているはず。
そして、上手くいかない!悩んでいる!苦しい!と誰かに愚痴を聞いてもらって解決せずに放置しているのかもしれない。
私の友人(アラフィフの奥様ですが)は
旦那育ても子育てもぜーんぶ同じだからね!!とおっしゃってました。
私も本当にそう思います(^^)
その方は上場企業の社長夫人です。
超お嬢様なのに
ご主人のことはご自身で見つけて(見つけて来いと言われたそうです)婿にして
社長になってもらったのです!!
お子様たちも優秀すぎてここには書けません。
本当にこの方から学ぶことは多くて
私もいただいた面白いアドバイスや
沢山の面白いエピソードもあります(^^)
今は子供の教育に関してアドバイスもらってます!!
私はまだまだ妻としても母としてもピヨピヨだけれど、アパレルのときから人を育てることをずっとしてきた。もちろん上手くいかなくて悩んで苦しんだことなんていっぱいありますよ。恋愛においても長年お付き合いすることが多かったしお付き合いの相手がどんどん夢を叶えていくのを側で少しは支えてきたと思う。
「育てる」ってそんな簡単なことではないし
きっとずっとずっと悩みも出てくるとは思う。
けれど
育てるというのは
自分の思い通りに動かすことではないということを
仕事や恋愛から痛いほどに学んできている。
今お付き合いしている人は
「育てる」ということに関して
2人でどんなことを考えているのか?を是非共有するといいと思う。
人としての器も見られるし
今後ののびしろも感じ取れるはず。
英凛塾では
「彼氏の育て方」^ ^もお伝えしてるのですが
今までは私のアパレルでのマネージャー経験から得た分析によるものが多かったけれど、子育てからの学びで得たことも盛り込めますね!!
もう熟してしまっている完成形の男性を見つけて果敢にデートして玉砕して心折れるより
これから育ちそうな男性を早めに見つけてコツコツ育てていく方が競争しなくて済むのでオススメですよ。
(レッスンでも伝えているけど、、どこで自分は戦うのか?は大事なことです)
主人と一緒に子育てを心から楽しめているのは、
私の「主人育て」が中々うまいからに違いないと思っているw
本当にいつも私の夢や願望を叶えてくれたりサポートしてくれる主人に改めて感謝の気持ちでいっぱいです。いやー、本当にこんな人と出会い結婚して私はラッキーです!→これは毎日のように言ってますよ♡
別に今日はなんでもない日だけれど、
ふと散り吹雪く桜の花びらを見ながら感じた朝でした。



