こんばんは。
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恋愛コンサルタントのえりんです

昨日、ファッションコンサル前に千鳥ヶ淵の公園を歩いてみました。
もう、少しで春ですね

毎年、この時期になると四年前の震災を思いだします。
当時お付き合いしていた彼から、
絶対に危ないから無理に帰るな。
会社に泊まってきなさい。
と電話がきた。
そう言われて私は会社に泊まることにした。
同僚はヘルメットかぶって歩いて帰って行く人も多かった。
その直後、外資だったので沢山の人が日本から出てフランスやらイギリスやらに帰って行った。
私たちも、避難は自由と言われた。
東日本からでる選択をしても良いとの通知があり、実家の関西に帰っていく同僚もいた。たしか、宿泊交通費も出てたはず。
しばらく会社はお休みとなり、
出勤した人は休日出勤扱いとなった。
私はちょうど新卒採用の会社説明会の準備をしており、その説明会も二つほど延期にする連絡や手配でバタバタ。
あっという間に、3月が過ぎていった。
節電節電と都内は街灯がまばらになり、百貨店は半分ほどの電球が外された。
閉店時間も18時までの短縮となっていた。
スーパーやコンビニからは水とトイレットペーパーが消えた。
子供がいる友達は九州の親戚の家に避難した子もいた。
当時、水戸に住んでた親友は数日間妊婦なのに車の中で生活していた。
医療従事者ということで仕事も休めない生活を送っていた。
東北へ派遣されて行った友人もいた。
私の親戚は東北に沢山いるので、
本当に心配だらけだった。
親戚は無事でしたが、親戚の友人や知人の中には家に戻れない人もいた。
祖母が年末に亡くなり、空き家になっていた家の瓦が全て落ちて、すぐに駆けつけられない私たちに変わり、大工さんが応急処置としてビニールシートをかけてくれたらしい。一年間くらいは、親も本当に大変だった。
原発のことは今でも東北に住む友人や親戚は心配している。
妹は岩手にボランティアにいき、
私も一度だけど、会社のボランティア休暇を利用してボランティアに参加した。
その後、そこで知り合いになった方が
東北地方の農家の生活を助けることを目的として、その地域の野菜などをブランド化し、イベントを都内で開催し続けた。
時間がある時はそのイベントにて苺の販売を手伝ったりした。
仙台出張の時に、
塩釜まで行き、昔行ったことがあったお寿司屋さんに行ってみた。
そこで震災の写真や話を一人で聞いた。
1年ちょっと前でしたが、塩釜の向こうはまだ電車が復興してなかった。
塩釜は昔は人口に対してのお寿司屋さんの数が日本一だったと聞いた。
けれど、震災後は閉店したお店だらけ。
閑散としていた。
数店舗しか再開しなかったそうです。
すし哲さんは、震災後のゴールデンウイークに合わせて営業再開したのだそうです。
今、やらないとダメだ!!
無理してでも営業再開させる!!
その意気込みだけで再開したと教えてくれた。
みんなで協力して片付けて、
たまたま板前さんのお父さんが大工さんだったから、どこよりも早く工事もできたらしい。

またおいでねといってくれた大将。
来てくれることが、本当にありがたいのだと言ってくれた。
東日本大震災から今日で4年。
沢山の方々が亡くなりました。
今でも大変な思いをしながら生活している方々も沢山いる。
まだ仮設住宅で生活をしなければならない方々も沢山いる。
地震がくる度に不安な生活を送っている方々もいる。
故郷に戻れない方々もいる。
心に深い傷を負った方々もいる。
被災された方々の思いを理解する事など到底出来ません。
けれど
忘れないこと
これは、絶対に大切だと思うのです。
そんな事を思い出させてくれる日でした。
今日は、3月11日
亡くなった人々とその遺族に対し深く哀悼の意を表します