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~チャンミンside~
それからの僕らは穏やかな日々を過ごした。
相変わらず仕事が忙しそうなユノは、時折疲れからか全く喋らない日もあったけど。
それでも時間を見つけては一緒にいた。
ソファーで本を読む僕に凭れかかるユノ。
「そんなに疲れてるなら部屋で寝てきたらどうですか?」
冗談じゃなく本当に心配して言ってるのに。
「もう少し。」
と、言葉少なに。
そしてその──もう少し、が呆れるほど長いのも日常だった。
ユノが早く帰宅した日は一緒に食事をする。
変わらずモリモリ食べる僕に自分の皿を滑らせて、満足げな笑みを向ける相変わらずのユノがいた。
最近は僕の植物講座は休講で、代わりにMITでの留学生活について今度はユノが先生だった。
「・・僕、バイト代とかは払えませんけど?」
取りあえず聞いてみたら。
「身体でいいよ。」って、あっさり。
あまりに真顔で言うから、冗談なのか本気なのか。
困って口ごもる僕に、ニッと片方だけ口角があがって。
あ、・・照れてる?
って思うより早く、ユノの力強い腕に後頭部を引き寄せられる。
そんな照れ隠しのキスがほっこりと胸に滲む、そんな毎日。
「ボストンへ行ったらホエールウォッチングするといい。
ボストンかケープコッドの港から船が出てる。」
「あ、僕も行ってみたかったんです!」
「巨大な鯨が間近で泳いでて、すげぇ雄大で神秘的なんだ。」
ユノにしてはめずらしく興奮気味に、───あー、おまえと2人で見たいな、なんて言われたら、・・どうしたって夢見てしまう。
「そしてクインシー・マーケットからフリーダム・トレイルの歴史が刻まれた道を一緒に歩こう。
おまえがいかにも喜びそうな一流のステーキハウスもあるぞ?」
楽しそうに語るユノに僕も幸せな気持ちになる。
夢は手が届かないから夢なのかもしれない、・・でも。
コツンと僕の額を小突いて、
「なんて顔してんだよ?これは夢物語じゃねーよ。──確定の予定だから、な?」
なんてほら?
またすごい自信。
不安で揺れる僕の前で、驚くほどの自信と信念で立つ人。
出会った頃の淫れた生活を見て、もっと冷めてていいかげんな人だと思っていたのに。
「・・ユノって、・・情熱的、なんですね。」
ポロッと言った言葉に頬を朱くして、「年上をからかうな!///」って腕を首に巻かれて変な声がでた。
MITは2学期制で休みになる1月にIAPといういわゆる独自活動期間が設けられている。
通常のクラスとは別に講師や大学院生、学外スポンサーが短期の自主講座を開講するというもの。
実は僕はそのIAPを密かに楽しみにしていた。
「ロボット工学や天文学、料理やフィギアスケートってのもあったな。」
「ね、ユノは?どれに参加したんですか?」
「少人数制だから人気あるのはすぐ定員オーバーになっちゃうって聞いたけど本当ですか?」
「色々な学部の人達とディスカッション出来るんですよね?」
矢継ぎ早の質問に目を丸くしたユノが、くっくっと喉を鳴らして、
───犬みてぇ、おまえ、と笑う。
「・・・そんなこと聞いてません!///」
ユノの先生はちょっと困りものだ。
僕の興味を引く話題をチョロッとだしては、かなり焦らす。
ただ僕の反応を楽しんでるとしか思えない。
「ああ、・・ごめん。」って言いながらまだ肩が震えてるよ。
「な、MITの掲げるモットーって何か知ってる?」
───それくらい、・・えっ、と・・
「Mind and hand、・・精神と手。」
「って、・・ちょっと!」
パンフレットで見たばかりなのに、・・焦らすと思ったら今度はさっさと答えちゃったり。
せっかちなユノはやはり先生には向かないな。
「机上の空論より実際に手を動かすことをよしとするモットー。
たった2年間だったけど、それは今でも俺の仕事上に根付いてるんだ。」
「そこでさ、・・ちょっと選択履修講座のリスト見せて?」
前もって大学側に提出する選択したい講座のリストをペラペラとめくりながら、いくつかに丸印をつけ始めたユノ。
「・・出来ればこの講義を受けてほしい。ああ、環境経済学は必須で頼む。」
急にそんなこと言いだして意味が分からない。
「・・どういう事ですか?」って聞いても、僕を見てニッと笑うだけ。
納得できない僕の顔色を見て、
「───明日、・・分かるよ。」とだけ呟いた。
「俺さ、・・原子炉見学っていうのに参加したんだよね。」
「は?」
「大学のはずれの倉庫街のような場所にガスタンクのようなドームがあってさ、ずっと気になってて。」
───ああ、どうやらIAPの話に戻ったらしい。
「この原子炉は放射線治療とかさ、医療目的だからかなり小規模のものだったし、参加者同士で構造や在り方についてのミニトークセッションが始まってかなり有意義だったんだけど。」
「そこがバーの立ち並ぶエリアで、バーの角を曲がると原子炉というミスマッチに、・・。」
「・・少しだけ怖さを覚えた。・・分かる?」
「・・でも研究施設なんだから。」とボソッと言う僕の前髪をくしゃっと梳いて。
「ま、・・な?───これは、その頃からの俺の夢でもあるから。」
「・・夢?」
「ん、・・まぁ、・・それも明日分かる。」
って、はっきりしないユノにもどかしさが隠せない僕。
「明日は英会話終わったら部屋で待ってて?
───大切な話があるから。」
「え?・・ユ、ノ・・っん、・・!」
その後、この話を問いただすことは出来なかった。
───やっぱりユノに先生は無理みたい。
話途中で唇を塞がれて、・・もっと聞きたいこと、たくさんあったのに。
───その夜はもう声にならないお互いの熱い吐息だけが響いた。