~チャンミンside~
「──チャンミン、・・あんた、賢かったんだねぇ。」
「は?」
「だって、ユンホ坊ちゃまの大学に行くんだろ?・・もっとお気楽な大学生だと思っていたよ。」
またいつもの小部屋。
裁縫をしているスヒさんの隣で本を読んでいた僕。
───し、失礼な!///と苦笑いしながらズズッと珈琲を一口。
夜は英会話の学校へ通うようになって、大学から帰って夕飯までのこの一時が唯一のんびりできる癒やしの時間だった。
なぜかユノも急に仕事が忙しくなったのか、帰りはいつも深夜で。
それでも毎日のように、───今、帰った。とメール。
ユノだけ特別な着信音。
これを聞いちゃったらもう駄目で、・・。
途中やりの課題を放ってはユノの部屋に行ってしまう。
「チャンミナ。」
疲労を隠しきれない顔色が気になるけど、・・・それでも僕を見てホッとしたように表情が崩れる。
────この一瞬が好きで。
「おかえりなさい。」と、とびきりの笑顔をあげたい。
「・・ん。」
相変わらず言葉少ななのに、柔らかく綻んだ頬にいつも胸が熱くなる。
───こんなに好きだと、僕の全身が言っているのに。
「・・本当に後悔はないのかい?」
パチンと糸を切りながら目線だけ僕に向けるスヒさん。
「何がですか?」
「誤魔化そうったってそうはいかないよ!旦那様をスポンサーにつけて留学できるのは幸運かもしれないけど。」
「あんた、・・日に日にやつれていくじゃないか。」
そう、・・僕はユノに留学のことを話したあの日からあまり眠れていない。
あの切ないほどの抱擁。
ユノが見せたほんの僅かな動揺と不安。
やっと掴んだものがひらいた掌からポロポロと零れていく感覚。
気持ちだけはどんどん膨らんで、それはもう収拾がつかないほどに、・・なのに目の前には巨大な壁。
無くしてしまうものが大きすぎて、・・どうしようもなく怖くて、・・おかしくなりそうだった。
「・・・スヒさん。僕、・・好きなんです、・・ユノの事が。」
つい吐き出してしまった想い。
ゆっくりとスヒさんに向き直った。
「スヒさん?」
目を丸くしてキョトンとしてる人。
「あんた、・・今さら、それ言うのかい?」
心底呆れたような言い草に急に恥ずかしくなった。
「え?///へ、変、・・ですか?」
「くくっ、・・やっぱりあんたは純粋でいいねぇ。ユンホ坊ちゃまもそんなあんたに癒されるんだろうね。」
なかなか苦笑いがやまないスヒさんに、フンっと背を向けようとしたら今度は真剣な面もちで。
「・・旦那様はあんた達のこと、気づいてる。気づいて引き離そうとしてるよ、・・分かってるんだろ?」
「今離れるのは、・・それぞれの道を行く、って事になるよ?・・いいのかい?」
ギュッと握った拳。
静かに目を伏せて、・・スヒさんにだけは僕の想いを聞いてほしかった。
「おじさんが、・・言ったんです。
好きなだけ勉強をして、会社の、・・自分の力になってくれ、と。
・・そしていずれはユンホの片腕となって支えてほしいと。」
「・・・スヒさん。
僕はユノが好きなんです。
完璧に見えて、実は不器用なところも。
冷めてるようで熱い内面も。」
「出来ればずっと側にいて、・・喜びも、悲しみも、・・共にしたかったけど。
いずれユノは結婚するでしょ?
その時に、ユノの足枷にはなりたくない。
笑って、・・ユノが温かい家庭をつくるのを見守れるようになりたい。」
この想いを口にするのがこれほど辛いなんて。
自分の言葉にいちいち傷ついて思わず声が震える。
次第に視界がぼやけてきて、・・ツーっと幾筋かの涙を止めることは出来なかった。
「チャンミン、・・人の気持ちは、・・そんなに簡単なものじゃないよ?」
スヒさんの優しい指が僕の頬を何度となく拭う。
「でも、・・スヒさん。
この気持ちを頑なに貫いて、・・ユノと離されてしまうよりも。
ほんの少し、・・見ない振りしてやり過ごすことが出来れば、・・・。
仕事を介して、・・・側にいることを許される。
ユノの力になることが出来る。」
───スヒさん、・・僕は心からユノを愛してるんです。
「・・・チャンミン・・・。」
力なく消え入りそうなスヒさんの声色。
どうか、・・スヒさん。
僕がこの想いに挫けそうになったら、・・僕を、いざなってほしい。
恋愛とは違う意味の、──深い愛、があるということを、・・どうか、・・何度も何度も、─────。