~チャンミンside~
「ユンホとは、もう会ったかい?」
僕をこの屋敷に連れてきてくれた人は超多忙な人で、やっと会えたのはここへ来て10日ほどたってからだった。
「はい。・・この屋敷へ来た日に挨拶だけさせていただきました。」
そのユンホ坊ちゃんとやらも昼間は仕事だろうけど、帰ったと思ったらすぐ着替えて出かけていくから、ほとんど会うこともない。
朝などたまにすれ違っても、僕の存在なんてまるで無視。
一度勇気を振り絞って話しかけたら、
「───俺に構うな。」
・・・たったひと言。
ガチガチの鎧を着こんでるような固くて高い壁を作られて、簡単に挫けてしまった僕。
落ちこむ僕の頭を撫でてくれたのは、使用人の母のような存在であるスヒさん。
「大丈夫だよ?ユンホ坊ちゃんはね、不器用だから。ゆっくり、ゆっくり、焦らずにあの方の氷を溶かしてやっておくれ。」
そう言われたけど、・・・まるで自信はない。
壁が一面本棚になっている書斎の重厚な机に両肘をつきながら、目の前のヨンジンおじさんは優しげに話す。
「そう、・・・あいつは失礼な事言わなかった?」
───失礼な事だらけだ。
僕のこと、玩具とか。何がどう転んだら、実の父親が息子に男の玩具を与えるっていうんだよ。
「・・・チャンミンくん?」
返事をしない僕を不安そうに見てくるから。
「あ、・・・大丈夫です。社長。」
慌てて返す。
「ははっ、・・・まだキミは入社してないんだ。今までのように、ヨンジンおじさんでいいよ。」
父を急に事故で亡くし、もともと2人暮らしだったのが突然ひとりぼっちになってしまい、・・・もう大学3年だし、もちろん1人でも生活は出来るけど、・・・。
父のお通夜で初めて会ったその人は、
────父がいつも大事にしたためていた日記帳に挟まれた写真の人だった。
父が酔うと、必ずといっていいほど話にでてくる大学時代の親友。
───どうして会わなくなったの?
聞いてもただ、───いろいろ、あったんだ。・・としか教えてくれなかった人。
昔もさぞいい男だったのだろう、整った容姿にガッチリした筋肉質な身体。
目元やきれいな鼻筋が息子にそっくりで、年を重ねた分、落ち着いた男らしさが今もなおモテるだろうな、と想像に難くない。
中学生の時に母を亡くしてから、ずっと話を聞いて、・・・ずっと興味を持っていた人。
その人に誘われるがまま、この屋敷に来てしまったけど、────。
初対面で差し出された名刺には、財閥系の、それこそ金融から不動産、建設、出版に至るまで多くの関連会社をもつ総合商社の取締役社長、と記されていた。
「キミはお父さんのように植物学者になろうとは思わなかったの?」
「・・・植物は好きですけど、それを職業にしようとは思いません。」
「珍しい植物に魅せられては世界中を旅していた父に、・・・母が精神的にも、経済的にも、どれだけ苦労させられたか。」
膝に置いた手に自然と力がこもる。
「────だから経済学を専攻した?」
「父のことは好きですが、・・・父のようにはなりたくない。」
スッと立ちあがったその人が、ゆっくりと僕に近づく。
僕の目の前でピタリととまり、座ったまま見上げる僕の顔を、ただじっと何も言わずに見つめて。
「───それでもキミは、・・・お父さんの若い頃の生き写しだ。」
切なそうに瞳を細めたその人の手が、・・僕の頬に触れようとしたその時。
「父さん、───そういう事ですか?」
皮肉な笑みを浮かべた、───その人が立っていた。。