田原坂西南戦争資料館に行った話 | Dombyra-dee-dee〜中央アジアの無駄話とスケートとたまに旅行記〜

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コロナ禍以降はもっぱら国内旅行の話。最近は自分でも滑るのでその合宿関連多め。

九州旅行中、唯一予定外の所へ行ったのが熊本市にある田原坂西南戦争資料館。

予定通りに訪れた他の名所に比べて知名度は低いと思うが、とても興味深い場所となったので改めて書き残しておこうと思う。

出会いは偶然。


熊本城にあった「西南戦争」関連のパネル。

このアニメ調の絵がやけに気になってしまった。特に右側の青年?少年?血を滲ませながらも剣を構えるその目力に、しばし動けなくなってしまった。この人は誰なんだろう?観光地によくある、その地の歴史上の著名人を萌えキャラにしたものだろうか?何かの漫画作品とコラボしているのだろうか?その姿は凛々しくも痛々しく、戦いになんか行くなと止めたい。でも止めても行くんだろうな、その後無事だったのだろうか?と色々妄想してしまった。


その日の宿泊地である阿蘇に移動してから、これらのイラストに記されている「田原坂西南戦争資料館」について調べてみた。すると、この少年は山口雄吾という名前で、西南戦争の薩摩軍に数多くいた少年兵をイメージして作られたオリジナルキャラクターとのこと。長崎でグラバーと日本人女性の間に生まれ、西南戦争を生き延びた後は長崎県知事になるというドラマチックな人生を設定されていた。そんな細かい設定までして、どんなプロモーションしてるんだ田原坂資料館て。

どこにあるのかなーと調べているうちに、現在このイラスト展が資料館で行われていることを知った。見たい。実在してないと分かっていても、この少年の勇姿を見たい。人生を見たい。と、翌日の予定をひとつ削って熊本市内へ戻ることに決めた。

この田原坂西南戦争資料館、車を持たない者にはなかなか過酷なところにある。熊本駅から15分、5駅離れただけなのにもう無人駅になる。地図見ると資料館までは駅から徒歩30分、公共交通機関はなく、駅にはタクシーの電話番号が貼られていた。


閉館まで時間が限られているので行きはそのタクシーを呼んで行った。



そもそも私は「西南戦争って何だったっけ…?」というレベルに歴史の知識がない。ああそうだ、西郷隆盛が政府に反乱を起こしたんだった。「るろうに剣心」を読んでいたので、そういえばあの舞台が西南戦争翌年の明治11年だったなぁなどと思い出す。

それくらい知識のない人間にとっても、田原坂資料館は「西南戦争」を様々な角度から見せていてとても分かりやすかった。



例のイラストは資料館で配布されている「年刊田原坂」の表紙を飾っている。これを東京帰ってから1冊ずつ読むと、資料館で展示されていた内容をより深掘ることができ、新しい発見がある。

この冊子の中にいくつか、少年兵のエピソードが出てくる。短身で女のような出立ちで、兵士の間でバカにされていた少年が絹衣を脱ぐと緋色の着物で敵陣に真っ先に斬り込んでいった…ってリアル緋村剣心かよという話とか。



このエピソードが山口少年のビジュアルモデルになってるそうで、着物は母親のお下がりだから女物という細かい設定を付けつつ、着物に洋服を羽織るのが流行った、袴を履くのをやめたなど実際に残っている記録も再現。私は2と3が好きだ。和装と洋装のコラボ、いいよね。でも頭の止血帯も捨てがたい、ああ…。



年刊田原坂の第3刊の表紙。戦の合間に冗談でも言い合ってるのか屈託なく笑う少年兵たち…と思いきや、ページを捲ると



とても悲しいストーリーが書かれている。この束野孝之丞は実在した人物で、熊本と福岡に墓が残っているらしい。ここに書かれているのはオリジナルストーリーなのは知ってるけど、実際にこんなことがあったのだろうと思わせて心が痛む。漫画作品やグッズ販売などを展開しているわけではなく、この資料館のためだけにこれだけの緻密な設定とストーリーを作っていることに驚く。



年刊田原坂の第3刊は西南戦争で使用された刀の特集。刀は鉄砲には勝てないとばかり思っていたが、田原坂の戦いの初期は士族で構成される薩摩軍は斬り込み攻撃で政府軍に圧倒していたらしい。政府軍が抜刀隊を派遣してから形勢が逆転したそうだ。


資料館では西南戦争で使われた刀や銃、田原坂で発見される無数の当時の弾丸などが展示されている。これは武器マニアにはたまらないだろうなあ。


イラスト展で見た小野暉久というキャラクター、この人も私好きだなぁ、と思っていたら、彼は従軍記者として活躍した頃の犬養毅をモデルにしているらしい。というか、犬養毅が記者だったということを私は知らなかった。


この小野を主人公にした冊子も出ている。政府軍の従軍記者として戦地に赴いた彼の視点から描かれる西南戦争を知ることが出来る。薩摩軍の山口少年と出会うエピソードなども盛り込みつつ、実際の当時の新聞記事も多数紹介されて、史実とファンタジーが絶妙に折り混じってリアルなストーリーになっている。


資料館の中心には実際の戦場を再現したジオラマがあり、かなりの音量で大砲の音などが鳴り響き臨場感たっぷり。その部屋の壁にはこの戦いを再現したドラマが流れている。最初何かの映画かドラマで田原坂の戦いが描かれているものを流しているのかなと思っていたが、その割にはお芝居がちょっとプロっぽくないかも…と思ったら、年刊誌を読むと地元民による撮り下ろしとのこと。更に効果音は実際の大砲や刀の音を使用し、足音も雨の日に草鞋を履いて採音したとか。この熊本市のこだわりよう、すごい。


西南戦争、遠い昔のようで、実はまだ実際に経験した人の話を直接聞いたことのある世代がギリギリ残っているくらいの年代なのよね。そのため歴史書などには残らない小さなエピソードなども残っている。互いの屁で交戦した話とか、仮病で参戦しなかった話とか、人間臭くて良い。

資料館は時期によって展示内容を入れ替えているそうで、現在期間限定で展示されているものも面白かった。戦費不足を補うために特定の地域だけで無理やり流通させた「西郷札」の話、敵味方に分かれることになった兄弟の運命、熊本城籠城戦の密使として活躍した方の話など、様々な角度から西南戦争を知ることができる。



帰りは山道を徒歩で下った。この自然に囲まれた地で、たった140年前には生身の人間が斬り合い、撃ち合ってたんだな。などと思いを馳せた。

いや、世界を見渡せば今も戦争は起こっている。ちょうど私の好きな方角で行われているカラバフ戦争もそうだ。現代にも生身の人間の殺し合いは起きていて、今はその映像がSNSによってリアルタイムに拡散する時代だ。100年後の歴史研究家達は今の時代をどう研究し、どう捉えるのだろうか。過去も未来も繋がっているけど、わたしたちはそのほんの一部しか生きることが出来ず、この目で見ることはできない。残念だ。

西南戦争資料館、そして年刊田原坂によって、歴史にほとんど興味のない私がこのそう遠くない過去に起こった日本最後の内戦に様々な形で関わった人たちの人生を垣間見ることができた。山口少年は実在しなかったかもしれない、でも彼のように威信を掛けて懸命に戦った少年たちがいて、その短い生涯にひとつひとつの物語があったんだろう。政府軍にも地元民にも、それぞれの物語があったんだろう。

その全てを知ることは出来ないが、次回は西南戦争ゆかりの地をもっと回ってみたいと思うようになった。今回は時間がなかったので資料館しか見ていないが、公園自体も広いし、束野孝之丞の墓や彼がモデルの一人とされていて、山口少年のモチーフにもなっている馬上の美少年の像も見に行きたい。資料館の展示が変わったらそれもまた見に行きたい。ひとつの絵との出会いが、興味を深めてくれた田原坂西南戦争資料館だった。

とりあえず、西郷どん見るところから始めればいいかな…。

田原坂西南戦争資料館についてはこちら。展示内容の一部を写真やPDFで見ることができます。




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