Union Internacional de estudiantes小学校の生徒さんたち
暑い、とにかく暑い。気温は一体何度で湿度はどれくらいなのか分からないし、分かったところで何が変わるわけでもないが、外を少し散歩しただけで、汗が足や頭のてっぺんからやら色んなところからじわっと出てくる。家にクーラーがあるわけでもなく、体力の消耗が著しい。
家から2ブロック歩いたところに、昔サダミさんが教師として働いていた小学校があり、そこへ恒例の鳥取県の写真集を寄贈させてもらった。
キューバはラテンアメリカでも高い教育水準を誇り、国民の識字率はほぼ100%に近い。
土砂降りの雨の中、校長先生が校内を案内してくれた。他のラテンアメリカ諸国の学校のように、突然教室を訪問してレクチャーすることはなかなか許されないようで、あらかじめしっかりと予定を組んで、子供たちと話をさせてもらった。ムダ話する子は一人もおらず、ラテン人とは思えない規律の良さに私が背筋を伸ばしてしまうほどだった。
約半月のキューバでの滞在で、初めは明るいキューバ人の表面的な部分しか見えなかった。しかし、家で日々を過ごしていく間に、彼らの心の底にあるどこにも放り出すこの出来ない苦しみと悔しさをひしひしと感じるようになった。
「さっき買い物に行ってきたのだけど、今日はフルーツがこんな値段だったわよ」
「あら、あちらの店はこの値段だったわ」
「メリエンダ(お昼のおやつのようなもの)に子供に何か持って行ってやりたいのだけど、何も買えやしない」
近所の人たちが交わす会話はほとんど天気か食べ物のことだ。ある晩、毎日食事を出してくれるサダミさんの息子のお嫁さんに、こんなことを言われたことがあった。
「一歩家の外に出たら誰もこの国の文句なんて言えないの。でも、私たちには本当に多くの問題があるのよ。私は今文部省で働いているけど、給料は12ドル。日々物価が上がっていく中で、これじゃ何も出来ないわ。私たちの頭の中は、今日ちゃんと食べることができるかどうか、そればっかりなの。でもきっと、あなたの国ではもっと違うことを考える時間に費やせる余裕があるんでしょうね。目の前に出された食事を見て、これがいくらするのかしらって考えなくてもいいのよね」
人当たりのきつい多くのキューバ人女性とは違い、彼女はいつでも笑顔で周囲を明るくするタイプの女性だ。
「そんなに大変な生活なのに、どうしていつも元気で笑顔なの?」
そう聞くと、彼女はこう言った。
「辛いから笑顔をしているの。みんな辛いのよ。だから元気にならないといけないの」
この話をしてくれた夜、私はほとんど眠りにつけなかった。頭の中で彼女の言葉が反芻した。食べ物以外のことを考える思考の自由がある贅沢さなんて考えたこともなかったし、彼女の元気の本当の理由を知ってしまったからだ。
この国民の諦めと悔しさに似た感情は、キューバの哀愁漂う切ない雰囲気を醸し出しているのだと今更ながらにして感じるのだった。
どうしようもない社会体制と、個人で変えようのない日常生活。その中に光を見出して生きていく彼らは、私に人間らしさというものを訴えかけてくる。
ERIKO