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 メキシコ最初の滞在地トゥルムへ来ている。
昔はマヤ語で"サマ"(朝日の昇る場所)と言われていた。ここには、聖なる泉"セノーテ"がたくさんあるスポットである。

 マヤ語で"聖なる入り口"を意味する、正式名"ソノットゥ"は、1980年、石油や金を探していたメキシコ軍によって見つかったもので、マヤの人々はこの泉を儀式など使用していた。現在は有名な観光スポットになっているが、未だに多くの区域は政府でなく、マヤのコミュニティーが所有している。たくさんのセノーテから生贄にされたと見られる遺骨などが数多く発見されているが、未だにお墓だったのか、生贄が行われた場所かどうかはっきりしたことは分かっていない。



               儀式が行われる場所とテマスカル(奥)


                   テマスカル(サウナ)の中


 ガイドのミゲルさんはセノーテダイビングのベテランガイド。メキシコ北部のチワワ州の出身だが、かれこれ20年以上はトゥルムに住んでいる。
プログラムはセノーテのシュノーケルのみであるが、特別にお願いをして、彼が以前住んでいたという、マヤの末裔が住むドス・パルマス村を案内してもらった。

 ドス・パルマス村は今なお、マヤの伝統文化で引き継がれている村で、村の中には、儀式が行われる祭壇やサウナ、セノーテがある。
 
 「僕はここへ引越して来たとき、マヤの人たちのことを知らなければと思って、この村に住んだことがあるんだ。初めの何ヶ月かはマヤ語も話せずよそ者扱いされて大変だったけど、今はやっと受け入れてくれるようになったよ」

 突然来た私がこの村を気軽に訪問させてもらえるのも、彼と村の人たちとの信頼関係がなければ成り立たない。

 村の集落は、家がすぐに数えられるほど少ない。親切な村の人が儀式で使う場所を説明してくれた。祭壇には、貝や土偶、ろうそくなどが供えてある。村の中には十字架があり、キリスト教とマヤ宗教が融合しているのが分かる。
 
「儀式は誰かが必要なときに行います。ここで火を焚き、火山石を温め、テマスカルと呼ばれるサウナで体を浄化します。儀式では、未来の何かを願うのではなく、今あるものに感謝するということが前提で行われます」

 村の人は部外者の私を、テマスカルの中や儀式が行われるサークルの中にも入れてくれた。



                          祭壇



 「セノーテには人間の源である水の集まりです。昔から我々の祖先は、聖なる場所として飲み水や儀式に使用していました」

 セノーテの水は驚くほど神秘的に青く澄んでいる。ずっと見つめていると少し怖くなるほどである。村の人たちにお礼を言って、今日のメインである、セノーテへ向かった。





 ユカタン半島周辺には、5年前に登録されているだけでも10,000以上のセノーテがある。現在も新しいセノーテは日々見つかり続けている。
まず最初は、グラン・セノーテと呼ばれる場所へ向かった。ウエットスーツを着用する前に、水着で水の中へ入った。
水は太古の昔からのミネラルが豊富な地下水で、背筋が伸びるような底冷えする冷たさである。セノーテの水は、真水であるが、水深が深いところは塩水が通っており、水が口に入ると、少しだけしょっぱいような、甘いような、言葉で言い表しがたい、何かの味を感じる。
奥は洞窟になっており、鍾乳洞が連なっている。
水の中に入っていて、これほど心まで洗われるような神聖な気持ちになるのは初めてである。水から上がると、血管が膨張し体の熱をじわじわと感じる。 

 続いて、ドス・オホスと呼ばれるセノーテへ向かった。ドス・オホスは"2つの目"という意味で、上空から見ると2つのセノーテがちょうど目のように見えることからその名がついている。
ここには、"こうもりの洞窟"と呼ばれる洞窟があり、シュノーケルで行くことができる。左手にライトを持って、真っ暗な洞穴を泳ぎながら進んでいく。辺りは鍾乳洞に囲まれ、まるで自分が巨大な冒険映画のセットの中にいるような信じられない景色である。狭い鍾乳洞を進むと、大きなホールに出た。天井には無数のこうもりが飛び交い、青の洞窟のようなブルーの水にこうもりの糞がたくさん浮いている。天井の一部から太陽の光がもれ、水面はトルコ色に染まる。
神聖なものは時に怖さを生む。これが自然に対する畏怖の念というものなのだろうか。美しさと恐ろしさの間を行ったりきたりしながら、太陽光があたるセノーテの開けた場所まで戻ってきた。
 
 その夜、ベッドで横になったあとも、背筋が真水に当たり冷たくなる感触だけが残り続けた。疲れているはずなのに寝付けず、ビーチへ出ると、大ウミガメの産卵に出会った。いつかみたいと思っていた景色、いつか行きたいと思っていた場所に行けた、夢のような1日だった。


                    セノーテ"こうもりの洞窟"
This travel supported by BPRP 


ERIKO