
2/9
今日はコロンビア中の誰もがバランキジャに行きたくなるカーニバルが最も盛り上がる日である。
早朝にジュディーさんの家にお邪魔し、アレパ・コン・ウエボをごちそうになりながら、カーニバルの準備を始める。
たくさんのキャラクターと衣装の中から、一番ピッタリだったガラバトを着ることになった。それぞれの衣装には歴史と意味合いがあり、踊りはそれらを表現するものである。
私が着るガラダドは男性と女性が肩を組みながら斜めに踊る、この辺りの地域の伝統的な踊りであり、生と死の間を表現する。
準備を終えて外へ出ると、町はお祭り一色であちこちから音楽が流れ、歩行者専用道路ではすでにたくさんの人達が踊り始めている。
今回私は観客席ではなく特別に記者ということでBatalla flores(花道)に入らせてもらえることになった。炎天下の中、次々とグループが踊りを披露する。花道の長さはおよそ2km。外には観覧席に入れない人達が押し掛けている。
FMカラコルでインタビューを受けたあと、次から次へと来るグループの中に混じりながら踊った。中学校の時に高知のよさこい祭りで真夏日に長い道を踊り歩いた記憶が蘇る。
カーニバルは市内のあちこちで行われているが、私が参加したのはその中でも一番大きい規模のものであり、フアン・マヌエル・サントス大統領もマリモンダという衣装をまとって踊りに参加していた。
午後3時過ぎまで満喫し、別の花道へ移動した。カテドラル前のLa plaza de la paz近辺の花道は、道の両脇に多くの人達が詰めかけている。
この花道を企画・運営する市役所の文化部で働く女性を紹介してもらい、一緒に見学した。私が先ほどまでいた場所はお金を払って観覧するのだが、ここは無料で見ることができ、出演者は貧困層の人達が多い。
『お金を持っている人達だけがカーニバルを楽しむのではなくて、助けあって誰もが楽しめるようにしたいんです』
この花道は国や市の支援で成り立っている。ダンスやパフォーマンスは素晴らしく、先ほどまでの花道と大きな違いは感じられなかった。
久しぶりに距離を歩いたせいか、足が痛みだしたので夕方には帰宅した。
先日取材を受けたEl Herado新聞の記者と連絡をとると、『今日は自殺者がたくさん出てカーニバルのほうまで手が回りませんでした』と話した。
日本ではよく聞く言葉だが、南米ではとても珍しいことである。詳しく話をする前に、『原稿待ってます』と言われて会話が終わった。
家で少し休憩し、夜は生演奏のレストランバーに出かけた。店も公園も人々の踊りと音楽は止むことを知らない。
※こちらは先日ボゴタで受けたインタビュー記事です。
http://hsbnoticias.com/vernoticia.asp?wplaca=32793
ERIKO