10/25

 カラカスへ戻って来た。
1週間ぶりのシャワー、シャンプーを使った洗髪、洗濯、パソコン、鏡。
ロライマ山にいた6日間の記憶が、町の音と近代的な風景を前に霞んでいきそうになる。
今回の登山はこれまでで一番体力と心を使った忘れがたいものとなった。
出発早々からトラブルに見舞われ、一時はどうなるかと思ったが、無事に全てのプログラムを終えて帰って来ることができた。

 私の体には、足にできたいくつもの水ぶくれとプリプリに噛まれた跡が残っている。そして私の心の中には、あの山が見せてくれた一つ一つの表情とそれに応じて芽生えた美しい感情が残った。
この6日間の登山を綴った日記をもとに振り返ってみたいと思う。

 


1日目(10/18 出発




 滞在しているアルタミラ地区から空港まで1時間半。タクシー運転手と値段交渉をし、230ボリ(2000円弱)で車に乗り込む。数時間前まで雨が降っていたせいか、道が混んでいる。
空港周辺の貧困街は、窓越しに見ても異様な空気が漂う。

 初めて利用する国内線の空港は暗く、ドルとボリバルを両替しないかとひっきりなしに人が話しかけてくる。
チェックインを済ませ、電光掲示板で搭乗口を確認するが番号がまだ出ていない。空港職員に聞くと、『もう少し待った方がいい』と言われ待つが、出発時刻になってもアナウンスがない。
一度チェックインカウンターまで戻り、番号を確認すると、『もう出発した』と一言。追い打ちをかけるかのように、『今日のフライトはもうない』と言われる。
慌てて別の会社でプエルト・オルダス行きを調べると、
30分後に出発する便があった。580ボリでチケット買い、ここで所持金がほとんど無くなってしまった。この便も出発の10分前に搭乗口が変わり、最後までヒヤヒヤした。

 プエルト・オルダスまでは
50分。到着すると何時間も待たせてしまった旅行会社のビクトルさんが待っていてくれた。
お詫びを言って事情を説明すると、『空港の掲示板を信じちゃダメだよ、周りの人に聞いて情報を交換し合わなきゃ』と笑った。
プエルト・オルダスから、ロライマ山のあるサンタ・エレーナまではバスで移動する。
しかしバス停に着くと、もうバスは出てしまっていた。ビクトルさんは慌てる様子もなく、『
Siempre hay solución(いつでも解決策はある)』と、次にバスが停車する町まで車を飛ばした。お陰でギリギリバスに乗り込むことができた。

 “ベネズエラのバスは寒い”と散々色んな人の噂を聞いていたが、南米のバスはどれも寒いとなめていた。実際、我慢できるような寒さではなかった。冷房の風が出て来る空気穴は壊れていて、容赦なく冷風が吹き付ける。
周りを見るとみんな寝袋や厚手の毛布で顔までスッポリ覆っていた。
底冷えの寒さに耐えること
10時間。サンタ・エレーナに到着した。

 


2日目(10/19




 バスが到着したのは朝の6時。参加するツアー会社の前まで到着するも、まだ閉まっている。仕方ないので、隣接している宿のベンチで仮眠を取ることにした。
少しすると眼鏡をかけたアジア人の女の子がやってきた。
『何してるの?』
『何してるのって、寝てるの』
彼女はスペイン語がわからないようだったので英語で言い直した。
『私の部屋のベッド空いてるから、良かったらそこで寝たら?』
彼女は親切に部屋に入れてくれ、シャワールームとベッドを使わせてくれた。
彼女は香港人で名前はカレン。1ヶ月間の休みを取って、南米を一人で回っているという。最終的に、彼女とは同じツアーで、テントまで共にすることとなる。

 9
時、ツアー会社のオフィスに参加者9名とガイド、ポーターが集まり、顔合わせをした。
今回の参加者は、スペイン人のウバイ(キリマンジャロなど多くの山の登頂経験あり)、ニカラグア人のマルティン(
53歳で毎年最低4回はヘビーなトレッキングをこなしている)、フランス人カップル(1年をかけて世界中を旅している)、オーストラリア人のスチュアート(会社を辞めて南米を旅している、自然が好き)、ブラジル人夫婦(今回トレッキング初体験)、カレン(トレッキング初体験、旦那を香港に残し1人旅中)、エリコ(ロライマへの強い憧れを抱いて参加)。

 荷物を荷台に積んで、サンタ・エレナから
75km離れたパライ・テプイ・デ・ロライマ村へ向かう。サバナのど真ん中の砂利道を勢いよくジープが駆け抜ける。
村にはペモン族の一派である、タウレパン族約
450人が暮らしている。
彼らは主に、観光業や牧場を営んだりしながら生活をしている、非常に働き者の先住民族である。
ロライマとは、タウレパン語で“空に近い場所(
Cerca del cielo)”、テーブルの格好をした“テプイ”と呼ばれる山は、“精霊の家(La casa del espíritu)”という意味を持つ。
彼らにとってロライマそしてテプイとは一体どのような存在なのか、この山を登ることで少しでも知ることができればと思う。






 登山者登録を済ませ、トレッキングが始まる。みんなそれぞれ思い思いのペースで進む。しばらく草原地帯が続き、川の流れの音が聞こえ始めた頃には、急な上り坂が現れ始めた。荷物や寝袋が入ったザックは優に10kgを越えている。
遠くに見えるクケナンテプイ(タウレパン語で“神に近い場所
 Cerca del Dios”)とロライマは山が吸い込むかのように深い雲に覆われている。13kmの距離で2回ほど休憩を取り、最初のキャンプ地に到着した。
近くの川で体を洗い、テント内で荷物の整理などをしているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。
夕食はパスタ。かなりの絶品である。
7時半に就寝。




                  川風呂



          キャンプ地から見えるクケナン山

ERIKO