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 モニカさんに、25 de Mayo村へ来たらして欲しいことがあるとお願いされていたことがあった。
それは、フアン・クルスくんという男の子に日本語を教えて欲しいというお願いだった。話を聞いた段階では、フアンがどれだけすごい少年なのか知る由もなかった。
朝食をちょうど食べ終えた頃、家の呼び鈴が鳴り、青色のフリースを来た、金髪の痩せた男の子が入って来た。彼がそのフアンくんだった。
大人かと思っていたら、
12才の少年だった。
ギシェルモさんは
1ヶ月ほど前から、彼の分かる範囲の日本語をフアンくんに教えているそうだ。これまでに計4回、1時間のレッスンをしている。
ギシェルモさんが経営をする文房具屋に、フアンくんのお母さんが買い物に来て世間話をしていた時に、息子が日本語と中国語、ロシア語習いたいと言い出し、どうしていいのか分からないと話したのがきっかけで、ギシェルモさんの分かる範囲で日本語を教えることになったそうだ。
フアンくんは照れながらスペイン語で自己紹介し、さっそく勉強ノートを広げた。
驚いたことに、すでにひらがなとカタカナをマスターしており、漢字の練習を始めて出していた。
独学で英語の勉強をし、英語からスペイン語へほぼ同時通訳もできる。
本人もどうしてか分からないが日本語に興味を持ち、他にもロシア語や中国語も勉強したいと話した。
簡単な単語を教えると彼の目はらんらんと輝いた。
稀に見る天才少年である。私が思う天才とは、あるものに対しての好奇心を異常なほど持っている人のことである。
フアンくんにある一つのことを教えると、彼は様々なものにそれを結びつけ自分なりに理解した。
何時間過ぎたか分からないが、疲れた表情もなく、
『次はロシア語のアルファベットも書いて!』とノートのページをめくった。



                 フアンのおじいちゃんの家

 勉強が終わると、フアンくんは自分の携帯からおじいちゃんに電話をかけ、家を案内してくれると言った。
田舎道を走ること30分、池の側に建てられた一軒の広い敷地の家の前に到着した。家畜をたくさん飼育しているようで、豚小屋や牛小屋が並んでいた。体の細いグレイハウンドが走り回り、私の足下でじゃれながら白いお腹を見せた。


            アルマジロを見せてくれるダニエル

 背の高くて体格のよいダニエルさんという若者が敷地内を案内してくれた。
置いてあったドラム缶の中に手を突っ込み、大きな芋虫のような背中をしたアルマジロを取り出して見せてくれた。
『こいつは腐肉食でなんでも食べるんだ。食べるとうまいよ』と短くなったタバコを加えながら手の中で暴れるアルマジロをドラム缶へ戻した。
ダニエルはこの村で生まれ育った
23才の若者で、この日彼の人生で初めて会った日本人は私となった。
普段はこの場所で牛や豚、鶏を捌いて売っているという。
私が一度も動物を絞める所を見たことがないと言うと驚いていた。
『もし見たければ、いつでもおいで』はにかんだ表情で笑った。




             道でエンジンが止まってしまった車

 夕暮れの帰り道、道路に一台の故障車が止まっていた。
ギシェルモさんはすぐさま車を止めて、修理を手伝った。
通りすがりの若者も加わり、修理を試みたがエンジンが完全に故障しているようで手の施し用がなかった。
運転手のおじいさんを乗せて町まで向かう。おじいさんはドイツ系のアルゼンチンで、田舎の人が使う言葉を聞かせてくれた。
車を降りるとき『ありがとう、いつでも立ち寄ってください』と自分の住んでいる番地を言い残し、修理センターへ向かって行った。
ギゴギゴと上下に揺れる車の中で、
25 de Mayoでの一日が終わろうとしていた。

ERIKO