イラン旅行最終日に、
現地で仲良くなったお金持ちのイラン人の家に
ディナー招待してもらった🤤

「なんで僕がお金持ちになったかというと、
コーランを信じてたからだよ
コーランにさえ従っていれば夢は叶うんだ」


とコーランを開きながら言ってて、
宗教の根源を見た気がした!

人間って、いい意味でも悪い意味でも
思い込みで出来てると思ってて


例えば、日本人に馴染みのあるものならジンクスとか。
「右足から靴紐を結べば勝てる」
とかって、ほんまに心から信じてたら
120%の力が出て勝利へ後押しするものと思ってて
めちゃくちゃ理にかなってるなって思うくて

宗教ってそれの規模の大きいバージョンの役割もしてるんだなと思った。
(ほかにも様々な役割はあるとおもってる)

「コーランに従ってる僕は幸せ以外になり得ない」

と強く信じてる人間ってほんまに強いんだなと思いました。


ただ、神やジンクスを挟まなくても
「自分なのだから」って直接自分を信じたいものだなとも思った。
自分だから大丈夫、って強く心から信じていれば
なんでも上手くいくんだろうなって


でもやっぱり、
イランの中でも貧しい地域の人ほど戒律を厳しく守っていて
裕福な家庭の人たちはほとんど守らず
日本と同じように文化としてイスラム教を捉えてるというのは
こういうところに表れてるんだなとおもった。
(貧困の人々はすがるものが神さましかないから。
今苦しくても、その分天国で幸せになれると思ってる反面、金持ちは余裕があるので神さまにすがらなくても平気という意味)

何かにすがりつかないと強く生きていくのが
難しい人のために
救いの手を伸ばして、
自分を信じてることへの道の間に立って、
そこに導いてくれるのが
宗教なんだなとおもった。