今、蘇る入院闘病日記④ | 北川悦吏子オフィシャルブログ「でんごんばん」Powered by Ameba

今、蘇る入院闘病日記④

精神内科の先生は、大人しそうなボソボソとしゃべる30代半ばくらいの男性でした。

私は、自分がパニック障害なんだ、と思っていました。

パニック障害って実はよくわかってないんだけれど、

今まさに、パニックになってもおかしくない状況で、

そんなときに一時的に震えが来たり、過呼吸になったり、おかしくなる病気、という印象があったのです。

だから、自分でこう言いました。


「一時的なパニック障害かと思うんですが…」 

 これだけしゃべるのがやっとです。もう痛みと震えで、うまく長くしゃべることができません。

 すると、先生は言いました。

「パニック障害じゃなく、鬱病ですね」

 私は、目の前が真っ暗になりました、ってよく小説とかで使うフレーズだよね。

 でも、間違いなくそんな感じ。

 自分の中で、一時的なパニック障害はあっても、一時的な鬱病というものは、ないだろうと推察され、

 それはある程度長くつづくもの。世間でよく言われているやつ。鬱病。

  私は、手術の不具合と血液の異常だけでは飽き足らず、鬱病まで背負ってしまったのか?

 と暗澹たる気持ちなりました。

 奈落の底に突き落とされた気分です。


 「もう、これ以上聞きたくない…」

 私は、そう言いました。訴えるようにではなく、ほとんど、心の声をそのまま、しゃべった感じでした。

 先生は、「そう…ですか」と言い、それ以上は何も言わず、

 アナフラニール(だったと思う)とかいう薬とか、もひとつ、なんとかという薬を出しました。

 錠剤は飲めないので(血液のはどうにか飲んでたけど)点滴です。


 精神内科にかかったことによって、私の状態はよりいっそう、ひどいものになりました。

 鬱病かもしれない。そして、それは長引く病気では…。

 私は、いっったい、どうなってしまうんだろう…。

 絶対に、もう絶対に二度と、前のような自分には戻れない、と私は思ってしまいました。

 自然に考えて、そう感じてしまうんです。


 誰の励ましも、そのときだけは心を救うんだけど、すぐに痛みと震えと所在なさが押し寄せて

 私は自信を無くします。


 いつもは決して、そんなことしないんだけど

 看護師さんとかに、私はこう見えても脚本家なんだ、雑誌とか新聞とかにも出るような人だったんだ、と見苦しいとは思いながらも、プライドを保つために、言ったりしました。

 すると看護師さんは、そんなことはもう知っていて(あたりまえだ。入院時に、調査票みたいの出してる)

 過去の私のドラマのセリフをすっかり覚えていて、その場で披露してくれたりするのです。

 私は、うれしかったです。


 そして、もういい。もう充分だ。いい人生だった。

 だから、もうこんなつらい思いをさせないで。もう死んでもいいから、と思ってしまうのでした。


 実は、手術前にもこの手のひどい痛みは、ときどき、私を襲っていました。

 ガンの時に使う、パッチというんですか? 貼るやつ。そんな痛み止めも使いました。

 とにかく、痛い、病気なのです。

 そういうのもあって、本当に私は、もう勘弁してくれ、もういいでしょ、神様、と思ってしまうのです。


 よく、神様はその人に乗り越えられないほどの試練を与えない、と言うけれど

 私は、そんなことない、と思ってしまいます。

 だったら、なぜ、自殺する人がいるんでしょう?

 もしくは、もしホントにそうだとしたら、神様、私を買いかぶりすぎだよ。


 そうこうしてるうちに、あまりに病状がひどい、ということで、私はもう一度、手術直後に入った集中治療室に戻されることになりました。


  つづきます。