実家で母と話していたらこんな時間に!
13日ぶりの観劇。
初めてのピロティ。
前列は勾配がかなりなだらかだから見にくそう。
客席もステージも横長なのでセットの向きがピロティより少し上手向きになっていました。
全体的に間はたっぷりめ。
里美は序盤から結構イライラ系。東京のときとまた違う印象。あっちゃんの里美芝居のバリエーションの豊かさすごい。
先輩も加藤も語尾や言い回しがより自由な感じに。
裕一は加藤の肩ではなく頭をたたいてツッコミ。
裕一は、お姉ちゃんに電話するときも、お母さんに電話するときも、1度躊躇してからかけるけど、躊躇の意味が違う。お姉ちゃんには、単にこの人に頼りたくないなーという感じ。お母さんには、こんな時だけ頼ることに申し訳なさを感じている。同じ躊躇でも意味が違うのが
今日はとてもはっきり出ていた。
お姉ちゃんの家を出るとき、何をしに来たのか問われたときの表情。ぐっとこらえる顔つきが印象に残りました。
年明け裕一が里美の部屋に帰ってきて、ベッドで一息つくシーン。はぁー。の言い方が毎回違うけど、今日は安堵というよりは、里美が帰ってきたらちゃんと話さなくてはという覚悟の含みを強く感じた。
その後里美が家に帰ってきたとき、玄関に裕一の靴を見つけた(裕一が帰ってきていると悟った)ときの里美の表情に、今日はじめて目を向けたのですが、靴に落とした視線がほんとに冷たくて。これから裕一に降りかかる結末を予感させるようで、裕一の気持ちになるとそこからもう辛くて(私が)
分かった…うん…分かった は、今日はとても優しく感じた。
去り際は顔はあまり部屋向きに残さず、ただ手はギリギリまでドアノブに残していました。
通路演出、通路コクーンより長いけど、コクーンより幅があるからか、観客に紛れる見せしめ感はなかった(コクーンのときはなんか見せしめみたいで心が痛かったw)
階段を上がる足取りは、東京以上に重く、もろく…
そして最後のシーン、半透明?のスクリーンの向こうに渋谷の町はもちろんなく、真っ暗。何もない無。完全に社会と断絶されたようで、観ていてとても苦しかった。
あれは舞台裏なのかな?だとしたら昼公演も同じように真っ暗なのか。
終わりが寂しいなとすごく思ってはいたけど、観たらその気持ちが増すばかり。明日千秋楽終わって私ちゃんと帰れるか心配なくらい、今、裕一くんとのお別れが辛いです…
と、一通り書いたところで最寄り駅についたのですが、母と話して少し気持ちが落ち着きました。セリフもう覚えちゃってるから、臨場感たっぷりに舞台を再現しながら作品について教えてあげました笑
母はアイドルやジャニーズなんて全く縁がなく、むしろそれらに否定的な人間なのですが、この作品の話ならそんな人にも話しやすい。
分かる分かる…と自分に重ねて泣きながら、私の話を聞いてくれてましたw
先日三浦さんがツイートしていた、「舞台は終わったら消えてなくなります」の言葉が身に染みます。終わってしまうのはつらいけれど、見なければ、私のなかでずっとこの物語は続いてくれるけど、でも現実では終わってしまうのだから。見ないのは現実から逃げることだと思うから。逃げずに向き合ってこようと思います(重)。