子育てに使う、自分の時間と意識の使い方について書いてみる。

 

子育てに、実際に体を使って意識も使っている時間と、

体は別のところにいつつも意識は子に使っている時間がある。

 

個人的な感想としては、体を使う量が減ってきたときに、意識で使う量もうまく減らしていけると良い気がしている。

 

 

二十四時間フルタイムで戦闘体制でいなければいけないのは新生児から1〜2才ぐらいまで。

子が寝ている時間以外は、意識の大半を子に向けている。

授乳やおむつ替えなど、なにかあったらすぐに駆けつけなければならない。

自分のことは、細切れにしかできない。いつでも途中、いつでも中途半端。

子が眠っているときだけが、唯一自分に戻れる時間だった。

文章を書いたり、映画をみたり、ゆっくりお風呂に入ったり。

子育ては楽しかったけど、この一人時間がなかったら半狂乱になっていたと思う。

 

 

3〜5才ぐらいまでは、子をそばに置いて何か別のことをすることはできた。

ただ、なにか別のことをしながらも、意識の半分〜65%はいつも子に向けている。

安全に過ごしているかどうか、他人に迷惑をかけていないか、間違ったことをしていないか、などなど。

完全に子育てを忘れて自分に集中できるのは、保育園に預けているときだけ。

意識が完全に自分に戻ってくるのがとても気持ちよかったのを覚えている。

それがたとえ仕事だとしても、始終他人に意識を向けている必要がないから、完全に自分自身に戻ってきた感覚があった。プラス、社会に出て娑婆に戻ってきた感。

 

小学生になると、更に物理的に子と離れた。

親としての悩みは、体の成長具合や、勉強の出来具合に移行。

低学年、中学年、高学年で成長につれてそれぞれの悩みがある。

子の友人関係とか、中学受験させるかどうかとか、なんの習い事をさせたらよいか?塾はどうする?ゲームのルールは?などなど。

当時、私自身のアイデンティティはまだ「母」が強かった。「子がいる自分」としていつも存在していた。

意識としては、4割ぐらいはいつも子に使っていたかな。

自分以外の誰かのサポートをするのが当たり前で、なにか行動を決めるときには、家庭運営に差し障りがないかを最優先に考えた。個人事業主としてフリーランスで事務仕事をはじめたのも、母業をしながらできるからだった。

当時は夫が鬱になってしまい体調が悪く、子に加えて夫も支える必要があって、なかなかハードだった。

 

 

中学生になってようやく、日中に子どものことが意識にのぼってくることはなくなった。

夫も落ち着いてきたので、安心しすぎて、中1で手を離しすぎてしまって軌道修正したのは前述したとおり。

中学生は子の自立をサポートしつつも、やっぱり目は離してはいけない時期だった。意識は2割ぐらいは常に子に使っていたような。

子を見守りながら、自分もこの頃から自分個人の人生に戻り始める。仕事はフルタイムに移行し、本格的に社会復帰。

実母と一緒に暮らし始めて、元気だと思っていた母が初老を迎えていることに直面したのもこの頃。

やりたいことに集中できる時間が更に増えて、今後の人生なにしていこう?とようやく自分のことを本気で考えられるようになった。母業に終わりが見え始めたころ、妻業も終わりにしていいのではと思ったりもした。

 

子は高校生になると、いきなりメンタルが大人になったので、私は本当に気楽に過ごせた。大人と違うのは経済的に自立をしていないことだけ。私自身は、自分が子育て中である意識は、もうほとんどなくなった。

高校受験を経て成長したようで、家の中に友達が一人増えたような感覚になった。彼なりに自分の人生を真剣に考えた成果なのだろう。学校生活や将来のことなど彼の話をよく聞いて、家族でコミュニケーションをとることを心がける以外は、もうすることがなかった。必要なアドバイスはしたけれど、基本は本人が決めることを尊重した。

私が親としてすることは、とにかく教育費を稼ぐこと。もうこれだけになった。

 

 

 

そんなわけで、彼が高3の夏は本当に教育費を賄えるのかどうか、それだけが不安で心配の種だった。それがあるからこそ、自分の仕事にしっかり向き合うことになり、自分自身の人生に戻らざるを得なくなった。

現時点では、普段、自分に子がいることは半分忘れている。あ、そういえば私は母だったな、という感覚。

 

「わたし」が自分の中心に戻ってきて、更に自分自身のいろんな側面も顔を出すようになってきた。母だからとちゃんとする必要がなくなって、子どもっぽい自分も表に出てこれるようになった。今は、自分の多面性を受け入れる、そういうフェーズにいる。

 

 

こうやって振り返ってみると、私の場合は31で出産したので、30代は丸々子育て期、40代は子育て期から自分に戻る移行期だったことがわかる。

自分が誰であるかの認識と、どこに意識をフォーカスしているか、が徐々に変わっている。

できるだけ早く自分に戻ってきたかったけれど、私は母としての人生も楽しみたかったから、少し遅めだったかな。

 

子育てのことを中心に時系列で書いたけれど、この期間にパートナーシップの深い学びがあった。これはまた別記事で書く予定。

また、意識では常に子育てしていたけれど、物理的な時間の大半は仕事をしていた。20代の頃に比べて、なんでも落ち着いてこなせるようになったなと思う。できることが増えたし、この年になっても新たにチャレンジをさせてもらえて会社には感謝している。

それ以外にも、自分の人生のことを考えたり、友達と遊んだり、プライベートも存分に楽しんだ。

忙しいのによく遊んだなと思うけど、遊ばないとやっていられなかったのが本当のところ。

 

子育て期は人のサポートばかりで、この先もずっと誰かのお世話をするのかなと思っていたけど、そのターンはちゃんと卒業を迎えることができそうだ。