こんにちは。

 

ここを読んでくださる方は「信用創造論は有害では?」というと???となる層の人が多いと思うのですが、わたくしはかねがね日本語空間に漂う「信用創造」という言葉はむしろミスリーディングではないかと思っていまして、ちょうど先ほどもっちー氏のスペースでしゃべってみたので、忘れないうちにちゃんと考えておこうと思います。

 

 

もっちーによるこちらのまとめを覗いてみたのですが、冒頭に引用されている安藤ナントカさんの国会質疑、ここに出てくる「信用創造」という言葉が典型です。

 

 

この動画では、「信用創造」という言葉を日本銀行の人が出しています。

 

「信用創造につきましては、まず民間銀行が貸出しを行い、それに対応して預金が増加する、こういう対応関係になってございます。もちろん銀行が貸出を行う際には…」

 

これが問題だなーと思うのは、「預金が多い」→「貨幣量(いわゆるマネーストック)が多い」→「景気がいい」→「良いこと」という俗説と合体してしまうことなんです。

 

あらためて痛感したのが、最近のケルトンのこのブログ

 

 

この部分

 

 

ここグレイはあたりまえのようにこう語っており、ケルトンも当然肯定的な話として紹介しているのです。

We want something that's based on credit regulation. Just make fewer loans. 

われわれは質的な信用規制に基づいた何かをしたいわけだ。ローン(貸出)を減らせって

 

このようにMMT的な思考では民間の貸出による信用膨張こそが何とかしたい大問題の一つなわけです。

 

ところが日本の「積極財政派」とされる皆さんは、どうも「信用創造の活発化」とか統計的なマネーストックの増大を「良いこと」だとしていますよね。

 

わたくしはそれがめちゃくちゃ不満なわけです。

 

さて、一方で「銀行貸出が貨幣を作る」という日本語の議論について初めて知ったのは11年前!!に千葉さんとの会話を介してでした。

(千葉さんお元気でしょうか)

 

 

その「二冊」のつぶやきがなぜかいま見えないのが不満ですが、一つが吉田暁『決済システムと銀行・中央銀行』で、もう一冊は建部正義『はじめて学ぶ金融論』 か横山昭雄『真説 経済・金融の仕組み』だったはず。

 

そして彼らの本や論文に触れていたことが、のちのMMT理解に役立ったのは間違いありません。

 

この千葉さんのつぶやきにも「信用貨幣」という言葉が出てきますが、「信用創造」「信用貨幣」という語は吉田や建部ら「内生的貨幣供給論者」の議論において普通に出てきたわけです。

 

ただ、千葉さんものちに語っていたのですが↓

 

 

このように「彼ら」(建部、吉田、横山etc)の主張は貨幣供給の起点が国債発行で、起点は政府支出であるというMMTとは違いますし、『MMT は何が間違いなのか?』なんていう本を翻訳したり、しばしばMMTに言及する内藤敦之もその辺わかっていないようにわたくしには思えるんですね。

 

というわけで、MMT的思考あるいはマルクス的思考を世に広めたいワタクシとしては「銀行貸出はいいこと」とか、「マネーストック’(M1とかM2とかM3とか広義流動性)の増加はいいこと」だという信念と強く結びついている「信用創造」という言葉、とくに「銀行の信用創造が預金を作る」は誤解を招くという立場を取りたいと思います。

 

だって企業が社債や手形を発行したり、あなたやわたしが自動車ローンを組むのも、カード決済をするのもゼロからの IOU の発行でありまして、そんなのは当たり前なんですよね。

 

うーん、うまく書けたかな?

 

信用創造論って有害と思うよ パート2

信用創造論って有害と思うよ パート3

 

 

追記…最近はこのブログよりも、こちらに書いています。よろしくお願いしまーす!