前編に引き続き、There is no such thing as reserves(準備預金というモノは存在しない)だよねという話を続けます。

 

 その準備として、通常の預金の図をもう少しちゃんとさせてみましょう。

 

 前回の図で登場させたXさんとディーラーの預金ですが、それには利子が付きます。

 

 利子率を r とすると将来の利子は図の計算で算出され、支払われます。つまり利子は、残高 × r という掛け算で計算されますね。

 

 

 なおこの図のディーラーのように預金が0の場合は利子率を乗じてもゼロなので支払われる金利はゼロです。

 

残高がマイナスの場合もある

 

 預金の残高が負の値(マイナス)になることがあります。この場合も同じで、マイナスの残高に利子率を乗じた結果「マイナスの利子」が支払われます。つまり、預金者が銀行に利子を支払う形になるわけです。

 

 まとめると、残高がプラスでもゼロでもマイナスでも、つまり「利子はどんな場合でも、残高 × r という掛け算で計算される」のです。

 

準備預金残高と金利

 

 さて、前回、準備預金は「an-und-für-sich 的存在」ではないと論じましたが利子の計算は同じに行われています(下図)。

 

 

 このように中央銀行から一般銀行への利払いと、一般銀行から預金者への利払いは形式的に同じです。

 

 ところが「準備預金は他の全取引の残余(residual)」だというビュー(世界の見方)を採用すると図の解釈が一変するのです。

 

 手順(シークエンス)はこうです。

 

 ①中央銀行は、自分のところに記載されているxやyの数字を一斉に増やす。

 ②そうすると、全銀行の数字も増える。

 

 MMTはこの人為的シークエンス(操作)はやめろ!と言っているのですが、ではこの操作は何を意味しているのでしょう?

 

 それは「民間銀行たちが預金者に、その残高に比例した金利を支払う世界」を中央銀行が構築しているということに他ならないということになるのです。

 

 X氏とディーラーが預金と自動車を交換した後を見てみましょう(下図)。

 

 

 

 預金が移動することによって、預金者への金利を支払う銀行が変わります。

 

 X氏の預金はゼロになったので、A銀行の利子負担はなくなり、中央銀行もA銀行への支払い分を減らす。

 

 対してディーラーは預金を得たので、B銀行に利子負担が生じ、中央銀行はB銀行への支払い分を増やす。

 

 こうしてみると準備預金制度とは、利子支払いシステムに外ならず、やはり「民間銀行たちが預金者に、その残高に比例した金利を支払う世界」を中央銀行が構築しているということになる。

 

 あたりまえ?

 

 そんなこと知っている?

 

 まあそうですよね。しかしMMTer はこのことをとても重視します。

 

 

 これはちょうど、リンゴが木から落ちることに驚くことができたニュートンが考えたことに近い。

 

 ニュートンの批判対象だったデカルトは、天体を動かす「エーテル」があるのはあたりまえと考えたのに対し、ニュートンは「そんなものを考える必要はない」と主張した。

 

 これが科学だと思うんですよね。

 

 同じように「銀行は準備預金を貸し借りしている」「準備預金で国債を買っている」というような、準備預金の「an-und-für-sich 」的なあり方を前提とするような「物語」は、現実の科学的描写にとって余分なもの、邪魔なものでしかないでしょう。

 

 次回「後編」ではこんへんをもう少しだけ。