ようやくの「クライ・マッチョ」 | 映画とネコと、私の好きなもの。

ようやくの「クライ・マッチョ」

劇場公開でミスして以来、

 

何人かの知り合いから、

この映画を見るように勧められて、、、

 

もはや、どこでもやってないだろうと検索かけたところ、、、

 

なんと、

 

下高井戸シネマで、上映してた〜!

しかも、5月6日まで!

まさに、すれすれのタイミングで見れるとわかって「ラッキー!」!

 

 

ということでーー

 

ついに、念願かなって、見てきたです。

「クライ・マッチョ」

 

 

 

孤独に暮らしている元カウボーイが、

かつての雇い主から、

彼の息子をメキシコからテキサスまで

連れてきてほしいと頼まれる。

雇い主は離婚していて、

息子とは幼いころに別れて以来、会ってない。

別れた妻は男遊びばかりで息子への愛もない。

ということで、

闘鶏場にいたその子、ラフォを探し出し、

2人で車でテキサスを目指すがーー

 

この物語は、

もうかなり昔に発表された小説が原作で、

かつてはイーストウッドが監督して、ロバート・ミッチャム主演で企画されたらしい。

それが流れに流れ、

 

ようやく、

齢90を超えたイーストウッド自身が監督主演というかたちで、

映画化が実現したという。

 

 

しかもーー

 

これが、監督50周年、40本目の作品、という節目。

 

 

もう、

 

感慨深すぎて、、、、

 

たまらんです。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば、

「危険な情事」の元ネタみたいな

ミステリーの傑作「恐怖のメロディ」で監督を始めてから、

この40本の作品の中で、

私が見てないのは、

「愛のそよ風」と「ピアノブルース」のみ、

ほかの38本は、すべて見ている。

 

本当に、

彼とは、

「ローハイド」の頃から、

ともに年を重ねてきた、という思い。

 

だから、

 

この老カウボーイの後ろには、

ローハイドのロディも見えてくるし、

ブロンコビリーや許されざる者、

老人と少年ということでは、グラントリノなど、

 

それらの作品が見え隠れしている。

 

映画の中では、

「運び屋」のパロディか、というような、

ちょっと嬉しい場面もあったりして、

 

やはり、

 

長年のイーストウッドファンには堪らない作品なのだ。

 

人生をこれだけ生きてくると、

失ったもの、得たもの、

色々あると思うが、

そういう人生訓みたいな、

教訓めいたものは極力出さず、

しかるに、

イーストウッドの存在そのものだけで、

そうした、人生の重みを、しっかりとスクリーンに焼き付けて、

我々、観客の前に、静かに示してくれている。

 

だから、

 

この映画を見ても、

何も感じない人もいるかもしれないし、

彼がそこにいるだけで、

もう、ありがたくて、涙が出てくるという人もいると思う。

 

彼の映画は、

いつも落ち着いていて、気を衒った演出は全くなく、

構図もカメラワークも

彼自身の知性を反映しているかのように、

オーソドックスながら計算し尽くされたかたちで展開する。

 

そして、余計なものは描かない。

 

省略の美学、というか、

ごちゃごちゃしてない。

 

そのセンスは、本当に驚くべきものがある。

そして、

その映画的快感といったら、ない。

 

この映画も、まさしく、

そういう、

すべてがイーストウッド・ブランド、といった風情。

 

 

私は、

これが、

彼の、

長い長いハリウッドのキャリアでの、

本当の到達点ではないか、

と感じたのだった。

 

「集大成」というのとはちょっと違うな、と思っている。

 

到達点。

 

でもって、

この後、どうなるのか、まだわからない。

 

今年の5月31日で、92歳。

imdbを見てみたが、

「クライ・マッチョ」の後、

今のところ、何も予定が入ってない。

 

ここ数年、

これが遺作になるか、との思いで、

彼の作品に触れてきたが、

これから先のことは、

全く読めません。

 

少なくとも、

アメリカ映画への貢献度、ということでいれば、

(いまだ過小評価されていると思わざるをえないが)

彼ほどに貢献した人もいないのではと、

私は思っている。

 

「クライ・マッチョ」

見られて、本当に、よかった〜