オーストラリア~ericco'sメルボルンライフ~ -450ページ目

理想の一人旅宿へ



再渡豪を果たしたのは、姉との旅行以来約1年ぶりのことであった。
日本からブリスベンの宿を徹底リサーチした訳ではないが、とにかく安くて長居できそうなホテルを探し、始めの1週間はそこを拠点にすることに。
夜の到着だったので、その旨を伝え旅立った私は期待と不安の両方を抱え、飛行機では眠れぬ時間を過ごした。

今回は1年という限られた中で、自分で自分の為の充実した楽しい時間を過ごしに行く、いわば長期間ホリデーだ。
一か所最低3カ月は働く事の可能なこのワーキングホリデーは、気持ち的にも安心できたが、なるべく仕事をする事は考えないようにした。
さて、ブリスベンに夜8時過ぎに到着し、タクシーで真っすぐ予約した宿へ向かった私は、この宿を見た瞬間かなりの不安がよぎった。
立派なホテルの真裏に建つこの古い地上2階建て地下一階のこのひなびたホテルはまさに世で言う一つ星にも満たないようなホテルであった。

ドアを開けると、そこはもう公共の居間であった。
暗闇に映し出された青味がかった西洋人達に、私は驚いたが彼らは部屋の灯りも付けずに真剣にテレビを見ていたのであった。

邪魔だと思いつつも恐る恐る「すみません、受け付けは?」と聞くと、皆が同じ方向を指差した。
そしていかにも、静かに!というような顔をされ私は指差された方向にあるドアのそっとノックした。

ゾンビ
のような、アダムスファミリーに出てくるようなキャラクターのオーナーだったらどうしよう.......。汗
ま、いっかぁと気を取り直してる所へドアが開いた。
しかし出てきたのは、気だての良さそうな普通の女主人マーガレットであった。
彼女に2階の部屋を案内され中へ入ると、これはまさしく私が想像していた通りの古びた西洋の小さなホテルであった。

角には小さな冷蔵庫が備えつけられ、窓には小さな机、壁に沿って洋服ダンスが備えられ、シングルベッドが置いてあった。 床はかなり古いフローリング。
一目で気に入った私はその後又度々ここへ戻って来る常連になった。
明日の事は明日考えればいいやぁとその日は早速旅の疲れを取る為に朝まで熟睡してしまった。

再渡豪 with 姉がカメラに収めた画像は?


Sky

楽しかったオーストラリア生活を終え、次回はワーキングホリデーで再渡豪することを決意し一時日本へ帰国をした私は、すぐに働き口を見つけ昼は正社員として某市役所のタイプ室に身を置き、夜は近所に新しく出来たビリヤード場兼ゲームセンターでせっせと働き軍資金¥を貯めた。

当時このワーキングホリデービザを取得するには25才までという年齢制限付きであったため、早くても25前にはオーストラリア入りをせねばと勝手に心に決め、とにかく必死で節約を重ねた。

ブリスベンでの記憶が薄れない為という理由で途中休暇を貰い、姉と二人で再来豪した。
ゴールドコーストにホテルを取りブリスベンをはじめ、姉を色々なスポットへ案内した。
姉のお気に入りはドリームワールドにある動物園であった。
記憶はおぼろげだが、虎やコアラ、他にも色々な動物がいた。
この時、姉は持ってきた私の使い捨てカメラを使い何かを必死に撮影していた。

帰国してそれらを現像して見ると、私は驚愕した。叫び
姉がカメラに収めていたのは何と首長亀!しかも24枚全部が亀!伸びをしてリラックスしてる、甲羅にもぐったままのなど全く変化の見られないばかりが写ってるではないか。ドクロ

更にもう一つはばかりが写っている。この達は人間によって手なずけられている為に、係員にゴロゴロと猫のようにまとわりついている。そしてお手までしてる写真など。

折角海外旅行へ行ったのにこれはないだろう!と私は罪の無い母に向かって激怒メラメラしてしまった。
姉は、きっとそんな事はもう覚えていないだろう。私も今となっては笑い話にしてしまっているが。

初めての海外-初めの3週間

生まれて初めての海外は、初めの3週間私にとって実に憂鬱な毎日であった。
言葉不足、嫌いな英語の勉強、そして学校の行き来は更に私をホームシックのどん底へ。

日本のように線によってプラットホームが分かれていれば良いのだが、ここブリスベンは同じプラットホームを幾つかの路線の電車が入って来る。
スクリーンに映し出される表示を確認しても、出発の1分前に急に変わる事もある為に私はしょっちゅう違う路線へと連れて行かれたものだった。
そしてやっと元の駅へ戻り、自分の線の電車に乗り換えても、これが快速だったりして、中々自分の駅に着く事が出来ない。
現地の人に自分の駅を尋ねても発音が悪くて伝わらず、紙に書いて見せる始末。

思うようにうまく生活できない自分にウンザリの日々が続いた。
が、しかしこれも3週間を過ぎると慣れてしまい、生活のリズムが段々と出来合がってきた。

できるだけ、ホストファミリーと食事を共にし、時にはホストマザーと朝早くウォーキングへ出かけ、学校を他の国の生徒達や同じ英語レベルの日本人生徒達との楽しい交流の場とし、休日はオージースタイルのバーベキューを真似てみたり、一人で近くの川のほとりでのんびりと過ごしてみたりと、10週間の予定を延長してしまったほどであった。音譜