プリキュアに罪無し | テーさんのスミレカフェー

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面白いことが大好きで悪いことは許せない
さういふひとに私はなりたひ

今回ちょっと長くなります。


先日の女児カバン詰め事件。犯人が「プリキュアのファン」だった事から

いつものパターンで「アニメが原因か否か」の論議が巻き起こってるようです。


女児アニメと性犯罪との因果関係巡りネット上で大激論 (libedoorニュース)
http://news.livedoor.com/article/detail/6932472/


この記事でも紹介されてる通り、統計を見れば性犯罪は激減中。

性犯罪を含む青少年の犯罪がピークだったのは、50・60年代の事です。


もちろん犯罪は犯罪だし、被害者が受ける苦しみは件数の問題ではないですよね。


ただ「アニメが原因か否か」と言う問題の立て方は、ちょっと短絡過ぎかと思います。


で。

その短絡な意見の代表が、記事で紹介されてる生島勘富氏


生島氏のツイートを見てみました。


生島勘富氏 twitter
http://twitter.com/kantomi


分量が多いので、試しに一部分を挙げてみると


テーさんのスミレカフェー

ロリは「嗜好」・ペドは「病気」。一応判らないでも無い。

ペドフィリアが欲望を行動化するのが社会的に容認されないのも、その通り。


短絡なのは「直す・直さない」の部分ですね。

少なくともこのツイートでは「矯正と隔離」の文脈で語っておられる訳で。


という事はこの人、人間を「正常者・異常者」に二分した上で

御自分は「正常者」である事を疑っておられない。


なんて単純な人間観。


人間の心や「性」という問題は、そんな単純な話じゃないですよ。


性犯罪者がプリキュア見てる割合で犯罪との相関が判るのなら、

同時に見るべき割合は他にもあります。


「家庭の年収」・「個室の有無」・「最終学歴」・「読んでる新聞」・「公立か私立か」・・・etc


いくらでも。もちろん全部「地域別・集団別」に見る必要がある。


アニメはファクターの一つに過ぎない。

よしんば性犯罪者がアニメに依存したとしても、その時点で他のファクターによる選別を経ている。


つまり、例えばプリキュアという一つのアニメを18歳「以上」禁止にするかどうか、などと言う議論は

何ら物事の本質に触れてません。


そんな単純な話じゃないんです。


そこを単純に捉えてしまうと、例えば次のような判決にもつながる。


再犯の恐れか、差別か 

アスペルガー症候群被告への求刑超え「懲役20年判決」への賛否  (産経)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120812-00000520-san-soci


これは性犯罪ではありませんが、肝は同じ。


全部「正常者」の都合。多数派の都合。

アスペルガーである事が長期刑の理由になる訳ないのに、なっちゃってます。


ここはあくまで「犯行の中身」で裁くべき場面ですよ?

まして「(アスペルガーは)再犯の恐れがあるから長期刑」なんて、

産経が如何に擁護しようが普通に差別です。



話が逸れましたが。

では結局、性犯罪をどうするのか。


どうするも何も、やってしまったら捕まえるしかないんですが。


少なくとも、一度「性教育」というものを考え直した方が良いんじゃないですかね。


今は精子がどうの妊娠期間がどうの、コンドームの使い方がどうのと、

産婦人科の講習みたいになってますけど。


もうちょっとこう、「デートマニュアル」に近い物が必要なんじゃないかと。


男の子は勇気を出してデートに誘え。その際は「紳士たれ」。

女の子は誘われたら、断る前にまず「ありがとう」。


ほら、よくアメリカの映画であるじゃないですか。


卒業式のダンスパーティ。


男の子達はモジモジしてるだけ。男同士で固まって喋ってる。

せっかくお洒落して来た女の子達も、女同士で固まるしかなくて。


何だか白けたムード。


で。見兼ねた普段怖い体育の先生が、おもむろに男の子達の方に近寄って


「グダグダしとらんでさっさとエスコートしてこんかい (゚皿゚#)!!」


って背中をどやしつけるんですよ(^o^;)


仕方なく、男の子達はおずおずながらもダンスの相手を女の子に願い出る。

もちろん古式の礼法に則って。


音楽が流れ、ダンスが始まる。


最初はお互い緊張しながら、いつしか楽しいムードが戻って来る。

最初白けてたのは何だったんだ、という位。


で。それを眺めながら体育の先生の口元がちょっとほころぶ訳ですよ。

気難しい数学の先生は、ハメを外さないか心配顔。

いつも優しい国語の先生(美人です)は目を細めてます。


夢のようなダンスパーティは、いつまでも。





以上、妄想でした(`・ω・´)ゞ


念の為に言っとくと、そういう映画は無いです。


こうだったらいいな、という話。



ただ、性教育は文化と一体であるべきだと思うんですね。


昔の日本でも、「若衆宿」や「夜這い」といった形で「性」の受容が行われて来ました。

でも近代以降の日本はそういう文化を念入りに潰して来ましたので、

今はむしろ上の妄想みたいな方が望ましいかも、と思います。



とりあえず、そういう事で。


今回は赤面しながら書きました。なにぶん思春期ですので。




★追加


そうそう。日本には「歌垣」がありました。

これなんて、上のダンスパーティに近い習俗じゃないですかね。


いにしえの日本。

異常者を矯正・隔離する社会より100倍美しいと思います。