22日の首相官邸前の再稼動抗議デモ。
主催者発表で4万5000人
警察発表で1万1000人
多少差が出ているみたいですが、まあたかが3万4000人の違い。
どちらの数字を前面に出すかは、いつも通りに各社それぞれの立場。
4万5000人・・・東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012062390003515.html
両方併記・・・朝日・毎日
http://www.asahi.com/national/update/0622/TKY201206220491.html
http://mainichi.jp/select/news/20120623k0000m040067000c.html
1万1000人・・・読売・産経
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20120623-OYT8T00108.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120623/crm12062300100000-n1.htm
こんなのはデモの趣旨とは関係無い事ですが、一応数字が数字なので。
引き合いに出すのは余りにも不謹慎かも知れませんが、例えば震災の死者・行方不明者が
判っているだけで約2万人。それ以上の数の人間が、居たか居なかったかすら曖昧なんですよね。
スケールが大きくなる程1人の人間の重みが軽くなり、どんぶり勘定される事が何とも言えない気分です。
これはもちろん、震災の犠牲者も含めての話ですが。
社会状況によって「個」の重さが変わる事が無性に悲しい。
映画『シンドラーのリスト』を観た方なら、もしかして判ってもらえるんじゃないかと思うんですが。
「例え1人でもいい。1人救えた。人間1人だぞ。」
繰り返しになりますが、デモの趣旨とは関係の無い事です。