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常夏マレーシアから熱い鼻息と写真を贈ります

彼女は元気にしているかなー


高校三年の夏、この人と再会をしていなかったら違った人生を送っていたであろう、私にとってはキーパーソンの仮名マッキーさん。
マッキーとは高校生になる春、予備校で知り合った他校の同学年。背は小さく痩せ型。走るのが得意、陸上が好きということで仲良くなった。その当時、彼女も私も海外に憧れ、進学は留学かなーなんて漠然と言っていた。


それから2年半後の高校三年の夏、留学なんてことは頭からすっかり抜けた頃、偶然にも彼女と予備校で再会。「きゃー、久しぶり!!元気だった?今でも走ってるの?私は最近、走りよりもダンスに夢中なの!」と、よくあるキャピキャピ高校生のはしゃいだ再会風景。
そして、話したいことも一通り喋り終えた頃、

「あのね、私見せたいものがあるんだ!」と彼女は鞄の中をあさりながら、
「私、こないだの春休み、ゴマアザラシの赤ちゃんが見たくてね、行ってきたの~」

へぇーーーーゴマアザラシの赤ちゃんねーーーー
池袋?江ノ島?鴨川?

「あった!これがその時撮った写真」
と手渡された写真で、私の運命が大きく変わったのです。












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一体、どこまでゴマアザラシの赤ちゃんを見に行ったのよ!!!


「カナダのケベック州モントリオールまで行って、そこからまた飛行機でマドレーヌ島っていうところまで行ったの。宿の人にゴマアザラシの赤ちゃんが見たい!!って言ったら、それはここから(宿泊先)から数キロ先のヘリポートまで行って、ヘリに乗って行くんだよって教えてもらって、宿の人にはヘリポートまで歩くのは無理だって言われたけれど30分かけ歩いて行ったよ。そしたらヘリの操縦士がいてね、どうしてもゴマアザラシの赤ちゃんが見たいってお願いしたら、「君はどこから来たんだい?」って聞かれたから「日本から来ました!!」って答えたら、「じゃあ明日の朝またおいで。特別に連れて行ってあげるから」って。それで念願のゴマちゃんと写真が撮れたの!!本当に真っ白でふわふわで、目がクリクリですっごい可愛いかった~!!」


真っ白でふわふわ、目がクリクリですっごい可愛いかった~、キャピ!!って言うところだけは女子高校生だけど、あとのセリフは探検家。なんなの、この女子高校生!?

ヘリの操縦士も、アジア人小学生のような幼顔の女の子が突如現れ、日本からゴマアザラシの赤ちゃんを見に来ました!なんて言われたら、事前予約を入れてなくてもヘリを出してくれるでしょう。


兎に角、彼女の話は高校三年の私にとっては衝撃的だったのです。


あの頃私が一人で、家族や友人と旅行した以外に、たった一人で行ったことのある一番遠い場所は


祖父母のいる埼玉県


そして隣にいる同級生の彼女は


ゴマアザラシのいる北極圏


遠くへ行けばいいってわけじゃないけれど、それでも考えてしまったのです。
そして何が一番ショックだったかと言うと、私はただ漠然と留学を考えていたから英語の勉強も特にせず、ただ怠けながら英語が話せたらな~と理想だけを抱いていた一方、彼女はマクドナルドでバイトをしてお金を貯めては夏休みや春休みを利用し短期留学をしていたのです。この自立心があるか無いかは勉強だけでなく、さまざまな意味で大きな溝を生んだのです。あの時はもう一度、高校生活を一年生からやり直したいと、心の底から思いました。彼女がキラキラ輝く大人に見えたのです。

それから、心を入れ替え真剣に将来を考え始めました。
留学となれば日本語で勉強できるうちにちゃんと勉強しないと、食事も自分で作れないと、洗濯も自分でやらないと、と彼女から遅れをとった2年半後に考え行動し始めたのです。

そして96年の春、私はカナダのトロンとへ語学留学。

英語に問題の無かった彼女は、アメリカのボストンにある大学へと進学



と、なるはずだったのです








しかし




ここにも、かかと落としを食らったような結末があるのです。



高校生活もあと僅かという1月、彼女と会うと酷く怒った様子で

「うちのお父さんが突然、『アメリカのボストンなんて、そんな遠いところへの留学は許さないぞ!!!』ってお正月に怒鳴って、喧嘩になったの。
もう入学だって決まっているのに、
ほんとーーーーーーーーーに、
ほんとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーに頭にきて、

だから言ったの


そんなに遠くへ行って欲しくないって言うなら分かったわよ


韓国へ留学するわ!!!!ドンッ


だからEribull、私アメリカじゃなくて韓国へ行くって決めたから!!!」





え~~~~~ーーーーーー



私の頭の中の地球儀がキュルキュルキュルって音をたてながら回転しました。
お父さん、お正月だから酔っ払って、つい寂しくなって言ったんじゃない?
ボストンが駄目だったら、もっと日本に近い西海岸だってあるじゃん?
ハワイだってあるのに、なんで急に韓国になっちゃうの!?!?!?


今だったら、この韓流ブームにのって韓国へ留学しようと思う人も多いだろうけれど、あの頃の韓国人留学生といえば女性はヘビメタがお好きなのですか?と問いたいくらい、皆揃って黒の口紅。男性の髪型は軍人カットか、頭の1/4は刈込んで、3/4はサラサラのボブカット。アメリカ映画に出てくるアジア人俳優、それも脇役の中のカス役がしているヘンテコカット。そしてファッションは決まって、トレーナーの中央にでかでかとブランド名、TOMMY HILFIGER / POLO / EMPOLIO ARMANI / NAUTICA / FILA など。さすがにMICHIKO LONDONは見なかったね。


兎に角、彼女があっさりアメリカ留学を諦めたのは驚きだったけれど、なぜ韓国行きに決めたのか、実は思い当たる節が一つあったのです。

それは彼女がゴマアザラシと写真を撮った白銀の世界の後に語ってくれた、ボストンでの銀河パラダイス。

マドレーヌ島でゴマちゃんと戯れた後、1週間の語学留学でボストンへ行った彼女は、そこである人と知り合ったのです。

30歳の韓国人男性。

ゴマちゃんも刺激的だったけれど、30歳の韓国人も刺激的だったようで・・・

そういう意味でも、彼女は大人だったのです。


高校三年の冬、人は誰からどんな影響を受けるか分からないな~、と感慨にふけるのでした。

間違いなく一つ言えるのは、彼女も私も

クラッカーの女子高校生だったのです。



私が留学した年の冬に、彼女はカナダに韓国から遊びに来てくれました。
彼女の韓国語の方が私の英語よりも流暢だったのには、再び驚き、悟りました。
恋心って偉大

翌年、彼女から届いた手紙には

「3月から○○女子短期大学に入学することが決まりました!
専攻は英文科です!!」



彼女とは連絡が途絶えてしまって十数年。
マッキーのことだから、今頃、韓国人と結婚してアメリカで暮らしているか、韓国系アメリカ人と結婚してインドで語学学校を開いているか、はたまた独身でペンギンと南極で戯れているかもしれません。


マッキー、今でも記憶に残る大切な友人の一人です。





高校の同級生から、今から留学を考えているんだけれど相談にのって欲しいと連絡をもらいました。
昔から留学の夢はあったけれど、なかなか実現には至らず、転職を考えている今留学も考え始めたと。三十代も半ばなので、色々と帰国後の事まで考えてしまうのは仕方ないと思います。

私はある人との再会がきっかけで、高校3年の夏に留学を決め、不安がなかったわけじゃないけれど、海外での暮らしに希望や期待の方が断然大きかったのです。

そう、大きな希望を抱いて96年の春、カナダのトロントへ飛行機で14時間かけて渡りました。時差もあるし、外はまだ寒いしで、寮に着きシーツもない固い緑色のマットの上で爆睡すること数時間。空腹で目が冷め、近くといってもちょっと離れたコンビニまで歩いて行き、まずいマフィンをかじり、深夜に荷解きを始めた時でした。

ジリリリリリリン ジリリリリリリン ジリリリリリリン

心臓が止まるような、けたたましい警報が鳴り響いたのです。
10秒くらいでしょうか、硬直状態になり、

これって火災警報だよね?冗談でしょ??
私の留学生活、始まってまだ24時間も経っていないんだけれど、
嘘だよね???

恐る恐る扉を開いて外の様子を伺うと
廊下は非常灯だけが灯り、各フロアー各ブロックの班長と思われる女性が防災用の蛍光ベストを羽織り、手には懐中電灯を持って避難指示を出しているのです。各ブロックごとに仕切られた、防火扉を開けながら寮の外に避難。

無事に避難できて良かった

4月下旬のカナダ、まだ粉雪が舞っていました。
トレーナーに半ズボン、ビーチサンダルと部屋着のまま外へ避難した私は、緊張の震えと寒さの震えで、何が起こったのか確かめるべく、隣の人に聞いてみたものの、何を言っているかわかりません。消防車も来ているので明らかに火災なのでしょうが、火の手は全く上がっていないのです。一人あたふたとしていると、日本人らしき人が目に入ったので日本人であることを確かめ尋ねてみると

「来たばっかりなんちゃ?これねぇ、週に一度くらいはあるっちゃよ。誰かが夜中お腹すかして、パンを焼くと、トースターに入れたまま忘れとるんばい。だから、焦らんとしっかり暖かい格好して避難するっとよ。」


あの時の博多弁は私の心に優しく染み渡りました。


出発前は色々と想像して不安になることもあるでしょうが、行ってみたら想像以上のことが初日から待ち構えている場合もあるので、今は心配無用っちゃ




そう言えば、小学校の時同じクラスだったNさんも今、アメリカへ1ヶ月短期留学中でしたね。
この年になって今更ですが、と書いていましたが、全国美少女コンテストに出場します!と言わないかぎり、留学だったら幾つになってもいいと思います。

40歳でイギリスへ、日本語教師の資格を取るため留学をした友人がいます。
仮名としてカツオ姉さんとしておきましょう。
人生の山も谷も豪快に突き進んできたカツオ姉さん。
新たな人生の出発地点に立つ、ほんの、ほんの数日前でした。



ドッカーーーーーーーーーン



エイヤフィヤトラヨークトルの火山噴火。
ヨーロッパ各国の領空が封鎖された、あの大噴火です。



「400年ぶりの噴火、なんで今やねん!!」



何ででしょうね?
きっと、神様もいたずらをしたくなったのでしょう。

関西空港に着くと、足止めされた外国人、日本人とでごった返していたそうです。
でも、運よくロンドンまでは飛ばないけれど、アムステルダムまでは飛ぶ便が出たそうです。そこから先は状況次第ということだったけれど、何としてでもその便に乗りたいカツオ姉さん。普通、1ヶ月や2ヶ月の短期留学でなければ、入学日よりある程度余裕を持って出発するのですが、仕事の関係からでしょうか、カツオ姉さんはギリギリの到着予定だったのです。

JALのちょっと上級会員カードを持っていた彼女は、少しばかり気が引けたそうですが、「会員なんです」とカードを係員に見せ、旅券発行の列の前方に入れて貰ったそうです。そのお陰で、何とかアムステルダムまでの券を手に入れた彼女。すると関西の新聞社から取材を受け、ちゃっかり新聞に載るカツオ姉さん。

機内に搭乗し、席についてホッと一息。
手に握りしめた、ちょっと上級会員カードをよく見ると



「有効期間、過ぎとるやん!!」



アムステルダムに無事到着後、次目指すはロンドン。飛行機は欠航なので、陸経由で行くしかありません。ロンドン行きの長距離をバスを探していると、ありました!!

超長蛇の列

これに並んでいたら、入学日まで間に合わない!!!すると本能的にと言ったらいいのでしょうか、スーツケース2個を引きずりながら
「すみません、ロンドン行きのチケットお譲り頂けないでしょうか?」 「どなたか、お譲り頂けないでしょうか?」と聞いて回ったそうです。

目を閉じ、カツオ姉さんがバスチケットを聞いて回る姿を想像してみてください。
更に、その動きを白黒にしてみてください。
まるで戦火の中を必死で逃げ、生きようとする女性の姿に近いものがあります。
そんな姿に同情したのか、心優しき人がチケットを譲ってくれたのです!!

バスに乗りオランダからベルギー、フランス、ドーバー海峡を渡りイギリスに上陸。そこからは電車で滞在先の最寄り駅まで行き、深夜を回っていたので駅のベンチで一晩を過ごし翌日の朝、ホームステイ先に到着しました。

着いて数時間後、マレーシアにいる私とチャット

「もぅ、さすが40歳の体には堪えたわ~、くたくたやわ」


40歳じゃなくても、くたくたになりますよ。
今日はゆっくり寝て体を休めてください!!

「あかんねん。休んでおられへん。
これから学校へ行って、テスト受けなあかんねん!!」


一体、どんだけタフなんでしょう。

それから2年後、留学を終え日本に帰国すると彼女が以前務めていた会社から 「この研修受けてきてくれない?」 と懇願されたのです。三度お断りをしたけれど、英語を分かるのは君しかおらんねん、ということで、ハワイ→ロサンゼルス→ウィニペグ(カナダ)→ハワイと駆け回り、やっと日本で落ち着けると思った矢先、

グキーーーーーン

と腰を痛めてしまいました。
2週間は全く動けず、その後もノソノソとナマケモノのような動きしかできず、整体へ行けば、「この先、以前のように動けることは、ないかもしれまへんなー」と言われ、人とも連絡を取らず、完全な引篭もりとなったのです。


そして、徐々に回復してきたカツオ姉さんと先週、3年ぶりに会ったのです。

(標準語で表記させて頂きます)
「留学から帰国して、ずっと床に伏していたでしょ。もう、この先体が動かなくなって、一人寂しく死んでいくのかと思ってねぇ。同世代の友人も1ヶ月の検査入院やら、全摘出やらで、更に10歳年上の人と話せば葬式の話でしょ。だからさ、Eribullに、私の人生を書き記してもらいたいわ~」

まるで死にゆく老婆のようなカツオ姉さん。

いや~、それはできませんよ。だってカクカクシカジカ、その後留学して帰ってきたら、腰を痛め、カツオはタタキとなり、その生涯を閉じました、チャンチャン♪ それじゃ、笑えないでしょ?そこから、もう一度盛り上がってこない限りには話としてねぇー。

「そうよね?やっぱり、これじゃあ話にならないわよね!!もう一度がんばるわ!!」

カツオ姉さんの復活劇を期待するとして、私が言いたいことは留学前、留学中は気合も入っているので心配いらないのですが、気をつけないといけないのは帰国後。
心は若くても、張った緊張が解けた瞬間、グキ、グニャ、フニャ~とならないよう、十分に気をつけてください。


どの国でもNHKは映ると思います。テレビ体操をして体をほぐしてください。
私もマレーシアでは、毎朝やっていました。意外とキツイ動きもあるんです。
「朝からテンションも上がってないのに、こんな動きしんどいわ!」
ってテレビに向かって文句を言いながら、でも最後にはちゃんと手を振って
「今日も一日がんばりまーす!」

あのテレビ体操、座ったままでもできるので、カツオ姉さん、姉さんでもできますよ!!でも、またグキってやらないように、適度に行なってくださいね♪



留学を考えている同級生へ

帰国後の不安ってこういう事だよね?
どう?少しは参考になったかな?


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前回のH美からメッセージがきました。

『笑えるんだけれど!H美 野○ソに放尿、異臭、3回も読んじゃった!お腹痛い!!やばい!!!』

H美姉さん、お分かりですよね?
ご自分の人生ですよ。


今日はH子のお話です。
H子とはサンタモニカカレッジのグラフィック科で一緒に学んだ友人。
エンジンがかかると凄い威力を発揮するんだけれど、かかるまでに時間のかかるタイプ。
そして商売好き。

4年前のある日、日本にいる彼女からスカイプをしようと連絡があって話をすると、今務めている会社を2週間後に退職して、自分で仕事を始めるから会社名を一緒に考えて欲しい、という内容だった。
3時間くらい話して、会社名はunibullに決まり、そしてH子から私に何でもいいからアメブロにブログを書いて欲しいとお願いをされたので、mixiと平行してアメブロもEribullというヘンテコな名前を付けて使っていたのだ。が、肝心のunibullが諸事情により社名変更を余儀なくされ、H子は元来ブログを3日以上続けて書く性格でもなく、彼女のブログは終了し、会社名だけを考えた私のみが取り残されエリブルのブログ、なんて言うブサイクな名前の付いたブログだけが今も残ってしまったのです。

話を彼女が結婚できない理由に戻すと、H子は仕事に没頭すると彼のことを忘れまではしないけれど、会うことをしばらく忘れ、寂しくなった彼は彼女の元を去ってしまうのです。

そう、H子はよく振られる女なのです。


H子は男性の可憐で繊細な気持ちを図るのが苦手。
記憶に残っているのが、学生時代に彼女と当時付き合っていた男性との喧嘩話。

ある週末、H子から石原裕次郎似の彼が出張でいないから、ほぼ同棲していた彼の家で一緒に課題をやろうと提案があり、ヨットハーバー近くのコテージ風のお宅へお邪魔した。
課題を進めているとH子が突然ため息を漏らし

「また、喧嘩っぽくなっちゃったの・・」

この2人、よく喧嘩をしていた。
私が毎回話を聞いて感じたところ、お互い相手を想う気持ちに差があったように見えた。
彼が彼女を想う気持ちの方が、彼女が彼を想う気持ちより強かった。
彼女は面白い!楽しそう!と感じたことを行動に移す直感派、彼は用意周到、計画派。
彼女は瓢々とした天然ボケ、彼は感傷的になったり、焼き餅焼いたりと乙女チックな裕次郎。
つまりは噛み合わせの悪いカップルだったのだ。

話を戻して、H子が彼と喧嘩した理由を聞くと

「彼に聞かれてさ。どうだった?って・・」

どうだった?というのは、彼が日曜日の朝に作ってくれるホットケーキの味じゃないことは、お分かりですよね?
そもそも「どうだった?」と相手に問うこと自体どうかと思うけれど、確かめておきたかったのでしょう。
しかし相手に尋ねるのなら、自分の期待する評価が得られなくとも、それを真摯に受け止め感奮興起、下学上達、日々精進の精神で受け止めるべきなのです、が・・・
ちょっと年上のそこそこ仕事で成功していた人、というのが曲となったのです。



それで、H子は彼に何て言ってたの?



「裕次郎の作ってくれるホットケーキの味は


上の下ドキドキ




ジョウのゲって・・・H子的には頑張ったんだろうけれどさ・・・、そういう時は、上げて下げるより、下げて上げる中の上じゃない?
上の下も、中の上も結果としては似たり寄ったり、目くそ鼻くそかもしれないけれど、表現の仕方一つよ!!

こうして大学時代ラクビーをやっていたという裕次郎は、悔しさを枕にぶつけたのでした。

それから2年後、二人は破局を迎えました。

その後、5年間付き合った彼がいたそうですが、その彼ともお別れをし、それからは仕事も波に乗ってきたのか、お付き合いしても短期間で振られ続けること数年。
30歳を迎えた頃から、彼女の口癖は何年も東大を目指して浪人し続けている浪人生のように
「今年こそ、結婚!!」


そして6月のある週末、我が家に遊びに来てくれたのです。
私からはH子に男性に関しての話は出しませんが、キッチンに立って料理をしているとボソっと聞こえてきたのです。

「また、振られました」

そうか、また振られちゃったんだね。

「今回は路線を変えて、癒し系男子とお付き合いしてみたの。
優しい彼だったんだけれど、仕事の話で相談したら
『H子ちゃんなら、大丈夫だよニコニコ
『きっと大丈夫ニコニコ
『うん、大丈夫だよニコニコ』って、大丈夫しか言ってくれなくてさ・・ショック!

まさに癒し系だね。

「それでね、ある日彼からメールがあって、『今日、取りたい荷物があるからH子ちゃんの家へ行っていい?』っていうから、いいよ!私、帰り遅くなるけれど勝手に入って!!って返事したの。
そしたら、それから数日後に私達のことを知っている友人から 『H子ちゃん、彼と別れたんだって。大丈夫?』ってメールがきて、え!!私、振られた!?って、そこで初めて彼と別れたことに気がついたのぉ」

・・・・・・・

「でも、まだ合鍵返してもらってないんだよね」

・・・・・・

「なんかさー、前は振られると立ち直るのに付き合った期間分だけかかっていたんだけれど、最近立ち直りも早くなってねぇ」

・・・・・・・

「っていうか、なんだか悲しいとかあまり感じてないんだよね。むしろホッとしたというか。ねぇ、聞いてる?」

聞いてますよ。日本酒、おつぎ致します。


「あ~、もう男は駄目だーーー
こうなったら、次は女へ行くしかないかーーー!!!」



そりは、路線変えすぎ!!!


振られ続け、失恋麻痺したH子、振られたことにも気が付かなくなりました。
でも、仕事は頑張ってます。
この日も、ひとりオフィスで仕事。

「Eribull、日本酒好き?魚好き?今度、うちの店においでよ。美味しい魚と日本酒あるからさ」

というお誘いをいただき、先月行って来ました。
デザイン業とは別に共同で営んでいる居酒屋。
七転八倒女子がプロデュースするお店、その名も男百

失礼

魚百 魚が百匹でウオピー
グッピーじゃないよ、しらすより小さいからね。

折角の機会だからと、この結婚できない女シリーズ+2名(もちろん独身女性)を呼んでみることにしました。
残念なことに、ペルシャ絨毯のK子はこの日も身を粉にしていたため欠席でしたが、日本人とも思えない本人の写真を送ってくれ、一同を笑わせてくれました。

類は友を呼ぶ(私が呼んだのですが)というくらい、すぐにお互い打ち解け、お酒も会話も底抜け、底知らず。そんな彼女たちの姿を植物に例えると、それはまさに



防 風 林



これを読んでいる方は、結婚しなくても防風林子さん達は明るく楽しくやっているじゃない!と思うかもしれませんが、彼女達は決して結婚願望がないわけじゃありません。あるんです、まだしっかりと残っているんです。でも、防風林なので慌てることなく、どっしりと構えているのです。

精神年齢72歳のペルシャK子が申しておりました。

「結婚はするつもりよ。希望は捨てていないわ。
ただ、焦りは禁物。何事も焦っては上手くいかないのよ。
運命に逆らわず、来る者は拒まず、ゆったりとその時を待つのよ。
流れに身を任せてね!」

人の生死に携わり、ペルシャ絨毯の返済を背負って生きているK子だからこその発言。
人事を尽くして天命を待つ、と言ったところでしょうか。
だから、決してメディアが作った婚活、なんて言葉は使わない。



行雲流水






婚できない女友だちに

国籍、年齢は問わない

夫あれ





魚百へ行ってみたいと思う方は魚百のホームページをご覧ください
http://www.uo100.net

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我が家にきた、2人目の結婚できない女。
今日はH美のお話です。

H美とは、カナダの女子寮で96年の春に知り合いました。
私は高校を卒業したて、彼女は短大を卒業したてでした。
第一印象はサラリとした長い黒髪が印象的な、綺麗なお姉さん。

ある日彼女から、「ねー、一緒にマーシャルアーツのクラスを見学しに行かない?」と誘われ、大学構内にあるテコンドーのクラスを見学しに行ったのです。そこには185センチ以上はある長身の、カールしたブロンドヘアーで目鼻立ちも整った20代前半の男の先生が指導していました。
迷いなくトライアルで受講。
そして英語が分からない私は言われるがままに、胴着を買って入部することになったのです。
その日H美に、「またなんで、テコンドーを始めてみようと思ったの?」と尋ねたところ、返ってきた答えが、

「本当はカラテをやりたかったのよ。
昔から北斗の拳のケンシロウに憧れていてね
ラブラブ
『アータタタタタタタ』ってかっこいいんだよね~」

もしも彼女がケンシロウに憧れていなかったら、私は武道とは無縁だったでしょう。



そのH美が昨年のGWにマレーシアに遊びにきました。
インドネシアのバリ島で3-4日過ごしてから、マレーシアに。
空港からモノレールに乗ってもらい、私は彼女をKLセントラル駅でお迎え。
その帰り道、日本人会で用があったので寄り、彼女は会館内にあるお土産屋でチョコやお茶を買って再び乗車。
日本人会から自宅まで車で約15分。
途中、スーパーで食料品を買って車へ戻ると、なんか臭い・・
なんだか分からないけれど・・おなら?
バリ島で変なものを食べてきた?
機内で臭い人が隣だった?
「H美、なんか臭わない?」

買っていました。
途中寄った日本人会で、ドリアンチョコ。

ドリアンとは硬いゴツゴツと尖がった殻を持つ果物。
殻を割った中にある、種子のまわりについた黄色のクリームだけを食べる。
食べるとクリームチーズのような濃厚な味であるが、臭いが強烈なため2度食べると、その美味しさが分かる。
ただし、ドリアンをデザートとして食した場合、それまで食べていた料理全ての味がかき消され、ドリアン味に上書きされる。
だから果物の王様と呼ばれているけれど、むしろ侵略者に近い。
その侵略者を上品にチョコレートとコラボレーションさせたのが、ドリアンチョコ。

自宅に着いてチョコの臭いを封印しようと冷蔵庫の中に仕舞う。
これが後々に起きた失敗の始まりだったのです。


4日間のマレーシア滞在中、のんびりした雰囲気に癒されたのか、ポロっと仕事の愚痴をこぼすH美。

「なんかさー、会社の若い男の子から怖がられてさ。仕事上、議論することってあるじゃん。私が何か言うとその場では何も言わないで、後になってグチグチ陰で言ってるんだよね。言いたいことがあるなら、真っ直ぐ私に向かって言え!!って言いたくなるわ~」

彼女が務めるN社、頭脳明晰な人間が揃っていることで有名。
型破りなエリートというより、どちらかというと型に納まったエリート。
便座で例えるなら、温水の噴射角度にこだわり、便座の蓋はもちろん自動のウォシュレットタイプ。

H美はというと、彼女は毎年1度はモンゴルの草原で乗馬(本人曰く、乗馬というとかっこいいけれど、スキーに近いスピードを楽しむスポーツ感覚)を趣味としている。

寝泊りはゲル(パオ)。
シャワーは3日に1度、町へ出て浴びる。
小は放つ。
大は掘って埋める。
そう、つまりは野〇ソタイプ。

野〇ソタイプの女性がウォシュレットタイプの男性に、ちゃんと正面向いて!と言っても、逃げるのは致し方ない話。
だから私はH美に
「じゃあ、あのチョコを手土産に話し合ってみるのはどう?」
いいアドバイスだと思ったのですが
「ダメだよ~。益々嫌われちゃうよ!!」



それから1年、H美と我が家で飲んでいたときのこと
「マレーシアで買ったあのチョコの、会社での異臭騒ぎ事件、話したっけ?」
え!?会社へ持って行ったの??

私も知らなかったのですが、臭いものというのは冷蔵庫に入れて冷やしたり、常温で温められたりを繰り返すと臭いが倍増するという話。

マレーシアの我が家の冷蔵庫で冷やされること1回。
家からクアラルンプール空港まで温められること1回。
(この時、空港の待合室でもちょっとした異臭騒ぎになったそうです。本来、ドリアンは空港、ホテル内に持ち込み禁止とされています)
そして、機内で冷やされることまた1回。
成田空港から彼女の自宅まで温められることまた1回。
彼女の自宅の冷蔵庫で再度冷やされ、自宅から会社まで温められた、ドリアンチョコ。

その姿、お味のほどは!?

まず、仲のいい女子社員2人に食べてもらうことにしたそうだ。


見事に侵略者ドリアンをチョコレートでコーティング制圧。
なめらかな口溶け、ほんのりとしたカカオの苦さと優しい甘みがお口の中に



広がるわけ ないわーー!!

オエーーーっと吐き出す、犠牲者2名。
カカオは敗れ、侵略者ドリアンが王者となった。(そう考えると、やっぱり王様だね!)
口に入れただけ、女子社員2名を褒め称えましょう。
そして、その犠牲者たちから
「そのチョコ、持って帰ってよねむかっ!!!!」

「仕方ないからさ、ドリアンチョコを缶の中に入れて、テープでグルグル巻きにして、ビニール袋を5重に被せて置いておいの。そしたら午後から社員が背筋を伸ばして、キョロキョロ、ちょっと顎を突き出し鼻をピクピク、ミーヤキャットみたいだったわ。この臭いはなんだ?なんなんだ??って顔してね。
社内は異臭騒ぎになって大変だったんだけれど、本当に大変だったのは次の日でね・・」

え!!ちょっと待って。次の日って、H美、あなたもしかして、チョコを次の日まで社内に放置したの??何考えてるの!!!

「いやー、そのなんとなく、自宅まで持って帰る気がしなくて・・・夜冷えて臭いも落ち着くかな~と。でも、夜の社内って結構暖かいのよねぇ」

そりゃーそうでしょ。社内にサーバーとかあるだろうし。

「そうなのよね、それで次の日は本当に大変だったぁー。
試食した2人からは、マジ切れで 『ぜったい、ぜったい、絶対に今日持って帰ってよメラメラ』と怒られてね」

私でもキレるな。

「だから、その日は持って帰ったんだけれど、電車の中でも乗客がクンクンいって、ハンカチを鼻に当てたりしてたら・・・途中駅で男子高校生がゾロゾロと5-6人乗ってきたの。そしたら彼ら、自分の腕とかシャツを嗅ぎ始めて一人が 『ごめん、俺汗くさいかも』、そしたら別の子が 『いや、俺、昨日の晩に餃子食べたから臭いかもしれん。ごめん』って・・・
心の中でごめーーん!!って叫びながら、紙袋のチョコをなるべく下へ下へと持って、涼しい顔して通したわ。罪を被ってくれた男子高校生、ありがとう!!」

こういう時、顔に似ぬ心、というより心に似ぬ顔の持ち主は得をするのです。
誰も彼女が異臭の原因だとは疑わず、彼女は無事に自宅へ戻り、さらに何重にも袋を被せ翌日、可燃ごみとして出したそうです。
もちろん、一度も味(毒)見をせずに。

「H美、一体いくつチョコを買っていったの?」

5箱だよビックリマーク

あの、多感な時期の男子高校生が餃子嫌いにならないことを祈るばかりです。



そんなH美さんにも、実は10年お付き合いしていた彼がおりました。
パイロットの彼。(民間機じゃなくて、軍事用に開発された自衛機の方ね)
震災があった後、震災婚なんていわれているけれど、どうなの?と昨年マレーシアに遊びにきた時に聞いたみましたが、彼はどうも結婚に二の足を踏んで決断できないとのこと。
彼女もストレートに発言するタイプですが、私もストレートに言ってしまうタイプ

「女の一人も守れなくて、国を守れるの?」

それから1か月もしないうちに、彼女からメールがきました。

“彼とは別れました、ヨロシク!!”

という訳で、私も少しは責任感じているんです。

度胸があって好奇心旺盛で決断力のある、尚且つ受け身もちゃんと取れる男性がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。
彼女に関しての質問?少しなら答えられますよ。

-彼女の特技って何ですか?

特技というか、得意技は前蹴りです。

-前蹴りって、蹴られたら痛いんですよね?

多少痛いかもしれませんが、死ぬことはありません。
不運にも彼女の前で発情してしまったトルコ人も、ちゃんと生きています。

-H美さんはテコンドー全日本選手権に出場したって聞きましたが、本当ですか?

本当です。でも安心してください、優勝はしていません。3位です。


強いだけじゃない、H美の優しさが伝わるエピソードも添えておきましょう。

毎年モンゴルへは彼女の妹さんと行くのですが、滞在中に飲み会をするそうです。
飲み会といっても居酒屋やBarなどありません。
もちろんゲルの中でです。
ご近所さんも2キロ、3キロ離れたところから馬に乗って、帰りは落馬しないよう飲みすぎには注意しながらの酒盛りです。
するとトイレの近い妹さんは、首から下げたトイレットペーパーと共に満点の星空の下で放尿すること数回。
酔っぱらっているので、トイレットペーパーはその場にポイポイ。
そして次の日、面倒見の良い、責任感のある姉は早朝から、えっさえっさと大草原に散乱したトイレットペーパーを拾い集めるのです!!
そう、ごみはちゃんと持ち帰らないとね♪

なんて妹想いのお姉さんなのでしょう。

優しいだけじゃない、どんな時も臨機応変に対応できるのがH美。

東北大震災の日も、彼女は数時間かけて歩いて帰るという若手社員を横目で見送りながら、銀色のピラピラした防寒シートを身にまとい、社内にあったダンボールを床に広げてぐっすり朝まで熟睡。
そんな彼女を寝付けなかった同僚が
「H美さん、よくそんなに寝られますね」
もちろん彼女が返した言葉は

「ゲルより快適よグッド!



どなたか、彼女にケンシロウを紹介して頂けませんか?



鼻息の荒いEriBullのブログ

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写真提供: H美
日本に帰国してから2ヶ月が経ちました。
その間に3人の友人を別々に我が家に招待し、お酒を酌み交わしながら久々の再会を喜び、尽きることのない話で終電時刻まで盛り上がりました。
その友人3人というのは、元気はつらつ、独身女性達です。

今日はそのうちの一人K子のお話です。


K子は若い頃から苦労と努力を重ねた、平成のおしんを超えた、松子デラックス。
とまでは言わないけれど、イレギュラーK子。

看護士と介護士の資格を持つ彼女は、アメリカ留学の時も、レストランで働いたり、住み込みでお年寄りの面倒をみながら学費を稼いでいた。
野菜だって余すこと無く、男友達の一人がこう漏らしていたのを記憶している。

「K子のところに遊びにいったらさ、出てきた料理、大根の葉っぱと皮だぜ。それで肝心の大根がねえーんだよ」



K子は5年前にアメリカから帰国。帰国後も訪問入浴の仕事や、保険屋の仕事をしながら休暇にはフラっと海外へ一人旅に出ていた。
そして、マレーシアにも。
彼女の弟くんがポートディクソンという、クアラルンプールから車で1時間弱の場所で仕事をしていたので、住所だけを頼りに1週間来ていたそうだ。

「弟がさ、豚の生姜焼きが食べたいというから市内まで豚肉を買いに行ったわよ」と弟思いの姉。
それなのに、何故私に連絡がなかったか?

「eribullはてっきりシンガポールに住んでいると思っていたんだよ~。知ってたら、もちろん連絡したわよ!!」

よくある話です。何度マレーシアだと伝えても、メールで書いても、ブログで書いても、FBの居住地域がマレーシアと設定されてあるのに、タイだっけ?シンガポールだったっけ?



話を戻して、現在彼女は看護士に戻り、病院でのお勤め。正確にいうと、病院からの訪問看護。
イレギュラーK子は人情のぶ厚い、周囲の人を明るく元気にする、実年齢34歳、精神年齢72歳。

「私ね、巣鴨へ行くとモテルのよ~。巣鴨のアイドルなんだから!!」

食事中お酒が進んでいても、携帯が鳴るとサッとお仕事モード。
「○○さんね、ご家族の方へはそのような説明だと分からないと思うから、こうして説明してあげてあげたらいいと思うわ」と電話でしっかり応対。

頼りがいのある彼女だけに、寄ってくる男性は看取って欲しさが目的の男ばかり。
「私ね、この5年間に15回プロポーズ受けたのよ。そのうちは6回はゲイから。1回は小学生。2回はプロレスラー」
つまり残り6人は、肝臓、腎臓、胃、肺、心臓、脳などに問題がある方々だろう。




そんな彼女と話していると自然と話題は生と死について。

「今まで看護や介護を通じて色んな人と接してきたじゃない。
こないだも、大物芸能人を看取ったんだけれど思うの。どんなに偉い政治家でも、ビジネスで成功している経営者でも、有名タレントでも、みーんな最後は一緒なのよ。

でもね、死に顔。死んでいった時の顔を見ると分かるのよ、その人がどんな人生を歩んできたかって。顔はその人の価値観・人生観で作られていくのよね。だから年は取るものじゃなくて、重ねていくものなのよ。今に感謝して今をしっかりと生きないとって、この仕事をしていてつくづく感じるわ!!


今は看護士として働いているから、お給料も悪くなし、週末もたまに介護のバイトをしてるの。看護士と介護士の資格をもっているからバイト料も日給1万7千円いただけて、感謝、感謝!!」




ねーK子、今は看護の仕事でお給料悪くないんでしょ?だったら、なんで週末もバイトするの?



「フッ(短いため息)。ついね、ついうっかり買っちゃったのよ。

ペルシャ絨毯、300万」




え??は????今、ペルシャ絨毯、300万円って言った?



「福岡のね、ホームなんちゃらってお店に入ったら、おばちゃんに最初は違う絨毯勧められたのよ。でもね、私、その横にあった絨毯を一目で気に入って、これ素敵ですね!!って言ったの。
そうしたら、おばちゃんが 『あなた!見る目あるわ!!!』って。

だーかーら、こうやって身を粉にして働いているのよおぉぉ。ペルシャ絨毯、60回分割払いのためにぃ




信じられない・・300万の絨毯って、一体クリーニングにはいくらかかるのよ!!



「そうなのよ~、クリーニングなんて大変よ。
こないだ姪っ子が絨毯の上でお漏らししちゃったんだけれどねぇ」




地震があったら、絨毯担いで非難するわけ?



「そうよー、返済たっぷり残ってるからね。
もちろん我が身、我が命が第一。その次に絨毯。

でもね、シルクに身を包まれるってすっごく気持ちいいのよ!
ふかふか~って幸せな気分になるの!!」




そりゃー気持ちいいでしょうね。



「ただ気持ちいいだけじゃなくて、孫の代まで使えるんだって音譜



孫の代までって・・
孫の話しは、伴侶をもってからでしょ
ドンッ



「アハッ!!そうね!!!そうよねー。まずは自分の結婚よねーー。
ア~ン、あと何回支払わなきゃいけないのか、数えたくなーい。
もし私の身に何かあって残りの支払い請求が姉や妹、弟へいったら迷惑かかると思って、生命保険にも入ったのよ~、月々4万円。
先は長いわ~叫び




終電時間も近づき、K子は酔っ払いながら「これ、よかったら食べて」と、彼女のハンドバックからエクレア1つと、固形の卵スープを5個を取り出し食卓の上に置いて帰ったのでした。
なぜ卵スープを大量に持ち歩いているのかは謎ですが。



そして独身K子は今日も愛マット、ペルペルのために身を粉にして働いています。
結婚前の完済を目指して。


鼻息の荒いEriBullのブログ-愛マット ペルペル