ようやく、陽射しが暖かくなってきました![]()
4月から、1歳児クラスに進級するにあたり、諸々の手続きがあり、少しバタバタしています
通園カバンに通園ズック。。手をつないで歩くようになる日が来るかと思うと、ちょっと感慨深いです
1歳の誕生日までカウントダウンが始まったカールくん(息子)
毎日のように「おっぱいは1歳の誕生日までにしようね」と言い聞かせてます(笑)
卒乳や断乳など、世間ではいろいろな意見があり、メリットデメリットもあるみたいですが💦
仕事の都合上、関西で法話を勤めたり、泊まりで出かけることも多いので
これまでは1週間くらい保育園を休ませて連れていくこともありましたが、1歳になったら、親の都合であんまり保育園を休ませるのもどうかな。。と思い
4〜5日離れることを考えると、いつまでも授乳できないと思い、約束しました
(勝手に
)
徐々にやめていく、というのはカールくんの性格上
難しそうなので、
1歳の誕生日でズバッとやめようかと(笑)
言い聞かせてても、知らんぷりして飲んでますが。。分かってると思います
まだ赤ちゃんなのに(´・o・`)??って
はい!赤ちゃんなのに、です
“子どもだからと侮るなかれ”だなと思うことが色々あります
毎日、夜6時に保育園に迎えに行ったあと、20分離れた会社に主人を迎えに行きます
保育園では、先生やお兄ちゃんお姉ちゃんに囲まれて楽しそうに遊んでるカールくん
迎えに行くと、いつもニッコニコ
「今日もご機嫌さんやったね~。カールくん、また明日ね。バイバイ」
の先生の声に、これまたニッコニコでブンブン手を振ります
“いやぁ、機嫌よく保育園で遊んでくれて良かった、良かった”
なんて思ったのもつかの間、車に乗った途端、ギャン泣き
胸を叩きながら「早くおっぱい出せ!!こっちは一日中預けられて、寂しかったんだぞ!!」と言わんばかりの凄い泣き方です。。
保育園では、かなりいい子で頑張ってるのか(笑)2人になると、たまってたものが一気に噴き出すんでしょうね
とりあえず、5分ほど授乳し、ぎゅっと抱きしめてから、おやつを握らせ(これが太る原因か
)主人の迎えに車を走らせます
主人と会う頃には泣き止み、また機嫌が戻ってるので、あのギャン泣きを主人は知りません
いつの間にか、完全にルーティンになってしまい、保育園のお迎えのあと、車に乗ったら「飲める!」と思ってしまっています。
しかし。。
主人の都合で、どうしてもすぐ迎えに行かねばならない時もあり、そのときは、泣き叫ぶカールくんをチャイルドシートにしばりつけ、車を走らせることもあります
「ごめんね、カールくん。あげたいんやけど、お父さんが待ってるから、迎えに行ってあげよう?お父さんとこ着いたら、あげるからね。」
と言い聞かせ、運転中も「もうちょっとだからね、待っててね」と声をかけながら運転します
すると、まぁ5分と経たないうちに、静かになってくれるのですが、ここでホッと一安心…とはなりません💦
主人を迎えに行き、運転を交代して、後部座席のカールくんの隣に座ると。。
ジーッ。。


ん?見られてる
なに

と、次の瞬間、ギャー
と泣き叫ぶのです。
“え?なになに?今までおとなしかったじゃん!?”
と、最初の頃は狼狽しましたが、そういえば。。
「お父さんのところに着くまで、待っててね」
とガマンさせてたんだったー!!と気づき、慌てて授乳すると、
泣きながら&飲みながら
「約束したやんかー
!!」
とドンドン胸を叩いてくるのです。。
とドンドン胸を叩いてくるのです。。
「ごめんね、忘れてたわけじゃないんよ?」と言いながら“ちゃんと分かってるんだな”とドキッとさせられます
仏教の講師になる前には、当然ですが、養成学校に通います。
教えは勿論、日常生活を通して色々教えていただく場なのですが、ハル先生に言われたことを思い出します
「人材育成が大事というのはどこでも同じだが、人を育てる、というのは並大抵のことではないのです。
子育ても同じ。“子育て”と言っても、一人の人間を育てるのですから、相手が子どもだと思って侮ってはなりませんよ。
みんな、相手は子どもだから“どうせ分からんだろう”と思って、平気で、子どもの前で、言ってはならんこと(夫や妻の悪口など)を言ったり、やってはならんことをやったり、“後でね”と言ったきり、約束を守らない。
しかし、子どもはちゃんと見ています。言わないだけで、ちゃんと背中を見て、学ぶのです。
だから、どうしても(夫婦喧嘩など)言いたいときは、絶対に子どもに聞こえないところでしなさい(笑)
子どもに言うことを聞かせたかったら、まず自分が言行一致、言ったことを守らねばなりませんよ。」
小学校の教員だった頃を思い返しても、確かに“後でね”と使うことが多かったな、と反省します
仕事が山積みで“アレもしないといけないし、コレもしないといけないし、そんな余裕ない!”と思うのですが、それは私の都合であって、約束を破っていい理由にはなりません
「後でね」と言われたら、いつになるか分からない“あと”を子どもなりに、真剣に待つのです
しかし、いくら待っても、その約束が果たされないとしたら、“お母さん(お父さん)はウソつき!”という嫌な思いが残ります。
それでいて「アレしなさい」「コレしなさい」「ゲームは〇時までって約束でしょ?」(笑)なんて言われたら、
「なんでやねん、自分だって約束守らへんくせに!」という思いになって当然ですよね。。
「なんでやねん、自分だって約束守らへんくせに!」という思いになって当然ですよね。。
医者は診る以上に見られている
とも言われます。
医者は、患者や患者の病気を診るのが仕事ですが、「自分は“みる”立場」だと思ったら大間違いで、実は患者から「この先生は信用できるかどうか」と見られてるのだ、ということです。
“信用できない”となれば、他の医者へ行ってしまうでしょう。
“信用できない”となれば、他の医者へ行ってしまうでしょう。
これは親子の間でも言えます
親は子を見てるようで、それ以上に“信用できる人間かどうか”見られているのです
仏教は、因果の道理が根幹ですから、良いことをすれば、よい結果が、悪いことをすれば悪い結果が現れる、と教えます。
そのよい行いを大きく6つにまとめられてるのが六度万行(六度万行について(布施)については前回の記事)で、
1、布施(ふせ)
2、持戒(じかい)
3、忍辱(にんにく)
4、精進(しょうじん)
5、禅定(ぜんじょう)
6、智慧(ちえ)
の6つです。
(それぞれ詳しいことは次回またご縁があれば。。)
この中の2番目の自戒というのが、言行一致、約束を守るということです。
1、布施(ふせ)
2、持戒(じかい)
3、忍辱(にんにく)
4、精進(しょうじん)
5、禅定(ぜんじょう)
6、智慧(ちえ)
の6つです。
(それぞれ詳しいことは次回またご縁があれば。。)
この中の2番目の自戒というのが、言行一致、約束を守るということです。
約束を守る人は、必ず信用を得ますし、そのよい種まきに応じたよい結果が、その約束を守った人に現れます
逆に、約束を破る、というのは悪い行いです。どんな理由があっても、それはこちら(私)の都合であって、約束を破っていい理由にはならないのですから、その結果は、必ず私に現れるのです
“あとでね”と言ったら、【あとで】必ず、約束を果たさねばなりません。相手が“言葉を理解できないであろう”赤ちゃんであっても、です
それは、相手が誰であろうが、約束を守るかどうか、は、私の種まきだからです。
ちょっとしたことなんだけど、そのちょっとしたことを疎かにすると、結局、ちょっとずつ信用を失い、積もり積もって、後で大きな結果となって、自分に返ってくるのです。
因果の道理は、私たちの都合などおかまいなしだからです。
子どもを幸せに育てたいからこそ、親が正しい道、幸せになれる道を歩くことが大事ですよね
0歳児のギャン泣きに、約束を守ることの大事さを知らされるのでした
“おっぱいは1歳の誕生日まで”も約束だから…守ります
“おっぱいは1歳の誕生日まで”も約束だから…守ります
