ソウル3日目が終わり
夜、ベッドに入って数時間・・・
遂に悪夢が私を襲いました
夜中3時半にそれは訪れたのです・・
突然の吐き気で目が覚め
しばらくベッドで気持ち悪い胃を落ち着かせようとしていましたが
全く治まる気配がなくそのままトイレへ

数分後、とてつもない吐き気が一旦治まり
ベッドへ戻るもそこから1時間ごとに吐き気が襲ってきて
ウトウトしては吐き、次第に体力も奪われて・・
何度吐いても一向に収まることのない吐き気
隣で寝ていた母をその度に起こしてしまうのも申し訳なく思いながらも
明け方まで吐き気と戦いましたが何時間経ってもひどくなるばかり・・・
朝7時を過ぎても吐き続けることによる気持ち悪さと体中の痛みは続き
さすがに異常だと思うものの
数日間の滞在だからと海外保険には入っておらず
頭の中で“
病院には行けない”という考えがグルグル

寝る前に母と最終日に行きたい場所やしたいことを話してもいたので
薬を飲んだりして何とか回復しないと迷惑がかかるという気持ちもあり
必死に不明のウイルスを体の外に出すべく吐き続けるも
全く意味を成さず・・・
起床した母に
「
ちょっとこれは体調がおかしいから今日はホテルで休んでる。
免税店とか明洞とか行きたいとこあるだろうから
申し訳ないけど行って来ていいよ」
と言うものの、そこで「分かった」という人はそうそういないですよね

風邪っぽかったりちょっとダルいくらいだったら
そこまで心配する必要もなかったのかもしれませんが
明らかにおかしい状態だったので母も置いてはいけないですよね

もう既に数時間吐き続けているので背中や腰が寝ていても痛くて
襲われる吐き気でトイレに行くにも体力が残っておらず
瀕死の状態でトイレとベッドを往復・・・
その日、韓国の友達と午後から会う約束をしていたものの
自分でもさすがに回復しそうにないことを察して
会うのが難しそうだ・会うとしてもホテルで寝たままになることを伝えました

そんなこんなで8時、9時になっても相変わらずで
「
病院に行こう」ということになったのですが
近くに何の病院があるのかも分からず
何より保険が無いことが私の頭の中でグルグル不安感を煽ってました

見かねた母がホテルのフロントで聞いてくると言い
私の症状などを伝え1つの病院を教えてもらって帰ってきました

でも病院に行くにしても10時くらいからじゃないと受付してないだろうということになり
またしばらく寝たきり&嘔吐

そして10時を過ぎた頃、「病院に行こう」となったのですが
もう6時間以上吐き続けた身体は力が残っておらず
自力で病院まで行くことが困難な程で
タクシーに乗ってもきっと吐くだろうと思ってしばらく躊躇

(韓国通の方はご存知だと思いますが
韓国の交通事情はそれはもう荒いもので
安全運転なんて言葉を一切感じることが出来ません)
早く病院に行って薬などを貰った方がいいという母と
もうちょっと治まるまで待たないと無理だという私で話がまとまらず
最終的に「
自力で動くのが困難」→「
救急車を呼んでもらう」というとこまで行きました

これまでの人生で救急車に乗ったこともなければ
外国でそんなことになるなんてこの上なく恥ずかしいと思いましたが
自力で動けない以上どうしようもなく
ホテルの人に救急車を呼んでもらうことにしたのですが
ホテルの人もそれにはさすがにびっくりしたのでしょう・・・
「
救急車を呼んでも待ちますし、ホテルの送迎バスを出すのでそれで行きましょう。
吐いても構いません」
なんておっしゃって下さいました

動かない身体を動かしてパジャマ&すっぴん&ボサボサ頭で
(気持ちは)急いでホテルのロビーに下りました

もう、
ほんっと恥ずかしかったですね・・・
全裸で観光客の中を歩くのと同じくらいの恥ずかしさです

パジャマ姿のボロボロな子がロビーに現れたら
そりゃ誰もが見ますよね・・・
そんなこんなで送迎バスに乗り込み(withエチケット袋)
後部座席で横たわること10分程・・
明洞にある明洞聖堂の裏に位置する
ペク病院という場所に到着しました

既にホテルの方が「
救急で外国人女性が行くので対応して欲しい」と
連絡を入れて下さっていたようで
病院に着くなり受付でパスポートを見せ
すぐに
ERへ

ERに入るとベッドに横になるように言われ
同時に病院服も渡されたのでお着替え

こんな経験は私も母も勿論初めてなので
母も心配はしていたんだと思いますが
娘の格好に大笑い

着替え終わって横たわる私をカメラに収めてました


着替えると同時に点滴もズブっと


点滴も初めての経験だったので
こんなに痛いものだと思いませんでした

ブドウ糖と解熱剤の点滴を一気に入れられたので
細い血管が悲鳴を上げていたんでしょうね

病院に着いてしばらくは吐き気もちょっと治まったように思えたのですが
それは気のせいで
吐くことによって熱も38度を超えていたらしく
体中は痛いし
点滴で血管も痛いし腕はパンパンになって冷たいしで
もう限界でしたね

そうこうしているうちに先生が来て
触診などをしてもらい
まずは
X線検査と
血液検査
結果が出るまでまたベッドで待機しているうちに
またもや吐き気が・・・
トイレに行って吐くのではなくベッドで吐くように言われ
嫌々ながらもその通りに

それからも胃に何も入っていない状態なのに
2時間おきに吐き続け
点滴も引き続き打たれ続け
その間にも
MRIを撮ったり
尿検査をしたりするものの
全く改善されることなく時間だけが過ぎていきました

途中、その日に会うはずだった子が病院まで来てくれて
母と一緒に側にいてくれました

約3ヶ月振りの再会だったにも関わらず
よりによって当日になって最高潮に体調が悪くなるという失態を
犯してしまい申し訳ない気持ちでいっぱいでした

結局10時過ぎにERに入って色んな検査を行いましたが
夕方になっても吐き気は続き
次の日が帰国日だった私と母は
このままじゃ最悪帰れないと思い
母が在韓日本大使館へ、友達が航空会社へ連絡を入れてくれて
航空券の時間変更など出来ないか聞いてくれました

でも前日ということもあり時間変更は出来ず
キャンセルしてからもう1度予約し直すしかないという返答

どっちにしてもキャンセルしたところで返金はされないので
ギリギリまで回復することを願うということになりました

夜も9時を過ぎ、
その間4人の医者
(のちに正確には医者ではなくインターンや見習いではないかと聞きました)が
入れ替わり立ち替わり診察しに来てはくれたのですが
さすが韓国
申し送りなどされていないのか医者が変わる度に
同じ質問に同じ診察をされました

しかも何を質問するって
「
(体調は)どうですか?」ということから始まり
韓国語で説明やら受け答えをする私に
「
何で韓国語そんなに出来るんですか?」とか
「
2年ちょい住んでたとしても発音が外国人ではないけどどうして?」とか
病気に関係ないことで
しかも医者が変わる度に同じ質問なのでその度に律義にも
最初からまた説明をするという訳です

あ、でも韓国語に至ってはこのERに入っていた時間でかなり感覚を取り戻しました

韓国に着いた瞬間は「
あ、かなり落ちたな」と感じたんですが
話しているうちに少し感覚も戻って
ERで覚醒したかの如くベラベラと韓国語が出てきましたね

日本語は一切通じない病院だったので
受付から全てにおいて韓国語だった訳です

医療用語もバンバン飛び交いますし
母も韓国語を聞き取れるけどそんなには喋れない、
一緒にいてくれた友人も日本語を喋れないので通訳出来ない
ということで自分で全てをやらなくてはいけませんでした・・
そういう、生きるか死ぬかのようなどうしようもない時には冴えわたるのか
何とか伝えなくてはいけないので
点滴の落ちが遅いだの、
手足が痺れているが点滴の影響なのかどうかとか
何がどんな感じでだとか・・
おかげで知らなかった韓国語もERでいくつか覚えました

盲腸、点滴、X線など

ちなみに
盲腸は맹장(メnジャん)
点滴は링게르(リnゲル)または수액(スエk)
X線は엑스레이(エクスレイ)です

日本語を話せる方が1人もいらっしゃらなかったので
医者も看護婦も受付のおじさんもみんな表情が硬くて
“
外国人だ、どうしよう・・”と思いっ切り顔に書いてありました

私が韓国語で話すとホッとした表情で
「
何で韓国語が出来るのか」
「
在日なのか」
「
上手だ」などと言ってはくれましたが
当の私は全く余裕がないので嬉しがる気力も体力もありませんでした

話が脱線しましたが
そんなこんなで医者が4人も見たのに原因が分からず
症状も治まらないので
「
入院は出来ません。今はもうホテルに帰って休みたいです。
錠剤の薬を頂けるならそれで様子をみたいです」
と希望を伝えました

あ、ちなみに
錠剤は알약(アrヤk)ですが
簡単に
カプセルを意味する
캡슐(ケpシュr)で通じます

錠剤が効くか効かないかは保証も無かったのですが
それでも10時間以上病院にいたので気を楽にしたいという思いと
ずっと付き添ってくれていた母と友人を病院にいさせ続けるのも嫌でしたし
保険がないので入院したらそれこそ破産してしまうと思って
吐き気の波が引いているうちに
治っていない身体を引きずってタクシーに乗りホテルに戻りました

ホテルに戻り友人を帰宅させ
母が買ってきてくれたお粥を一口(ホントに一口しか入りませんでした)、
そしてまた戻してしまいましたが
貰った薬が効くことを祈り飲み
ベッドに横たわりました

何とその錠剤が効いたのか夜中に吐くことはなく
目覚めずに済みました

なので予定通りの便で日本に帰ることにしました

ただ、帰国の飛行機が朝9時発の便だったので
ホテルを6時過ぎには出なくてはならないのと
パッキングを一切していなかったので
朝5時には起きなくてはいけませんでした

身体はちょっと動くだけでもとてもしんどくて
シャワーを浴びてベッドにしばらく横になり、
起きてパッキングを5分しては休み、またパッキングをして
やたら時間がかかりました

そんなこんなでノロノロとチェックアウトを終え
リムジンバスではなく(リムジンバスは色々な場所に寄るので
時間もかかる為、少しでも時間短縮する為に)
タクシーに乗って金浦空港へ

時間は短縮されましたがコンディション最悪の身体には
あの荒れまくり運転はかなり堪えました

ここまで身体を壊したことって無いですね・・
飛行機の乗るまでの時間は薬を飲む為にも何か胃に入れなくてはいけないので
朝食がてら韓国料理屋さんに入って
辛くない普通のうどんを1つ頼みましたが
口を動かすのも箸を動かすのも身体が動くだけで
疲れてしまって
うどん3本くらいしか食べられず残りは母へ

そんなこんなで飛行機に乗ると大使館から連絡が行っていたのか
前の座席がなくトイレの真後ろの席を準備され
万が一の時にも大丈夫になっていました

飛び立ってからは目をつぶり
機内食にも手を付けられませんでしたが
吐くことはなく何とか羽田へ帰ってきました

日本に帰って来たことが本当に安堵感をもたらし
留学から帰って来た時以上に一安心でした

それから数日間は体力もないし
うどんしか食べられないし
寝ていることが多かったのですが
帰国直前に吐き気の波が治まってからは
吐くことも無くなって
回復しました

それにしても
一体何だったのか・・・18日~はカナダへの旅行が控えているので
来週にでも1度病院に行ってみてもらう予定です
健康が1番だなんて言いますが本当にその通りです
回復はしましたが原因が分からない以上
不安も完全に消えた訳ではないです

そして
海外旅行保険
これ、
短期滞在でも入った方が絶対いいです
私も留学中は保険がありましたが
短期滞在での旅行の時は保険を掛けたことがありませんでした

でもやっぱり何があるか分からないですし
今回も結局71万ウォンが吹っ飛びました
今はクレジットに保険が付いているものもありますが
何と私のクレジットには保険が付いていなかったんです・・・
帰国して調べて発覚したのですが

ただ、市(区)役所に申請すればor扶養であればそこを通して申請すれば
ちょこっとではありますが払い戻しされます

けれどもクレジットの保険も役所や扶養の保険もですが
後々の申請というのはとっても面倒で
必要書類もたくさんです

私も今、父の会社の保険組合を通して申請していますが
領収書やら診察内容などの書類原本とその翻訳文を用意しなくてはいけないので
かなーりめんどくさいです

だったら多少のお金を払ってちゃんと保険に入った方が
何かあった時にキャッシュレスで治療を受けることが出来ますし
面倒なこともありません

私もこの後控えているカナダ旅行は6泊8日なのですが
きちんと保険に入ることにしました

皆さんも短期だからと甘く見ずに
是非保険は入った方がいいかと思います

そんなこんなで人生初のER入りを果たした訳ですが
思い出深い旅になったことは間違いありません

つくづく韓国と私のトラブルは尽きないようで
何かしらありますよね

これからも色々あるのかな・・・