秋田へ行って来ました | 韓国Real Life in JAPAN !!!!!!

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2009年3月~2010年6月まで韓国ソウルの延世大語学堂に語学留学し
卒業後の2010年7月~2011年7月まで韓国企業で働いていました。
2年114日間に渡った韓国生活にピリオドを打って
日本で日韓のかけ橋になるべく奮闘します!!

またまたお久しぶりですにゃ

20日の夜から秋田に行って

今日のお昼に東京へ戻ってきました↑

台風が日本列島を直撃したので

帰りの夜行バスも進路変更となり

一旦新潟へ寄ってから関越道で東京に戻るという、

東京到着予定時刻を4時間もオーバーしての帰宅となりましたガクリ

秋田は物凄く寒くて最高気温が11度、

しかも雨も降っていたので体感温度はもっと低かったように思いますぼー

今回の秋田は私の帰国報告を亡くなったおじいちゃんにするということ

なかなか行けない秋田に顔を見せに行くことが目的だったのですきごう

秋田は父の生まれ故郷で私にも秋田の血が流れているのですが

数えるくらいしか行ったことが無い秋田・・・・

おばあちゃんももう私のことも父のことさえも覚えていませんが

それでも自分のことは自分でやったりと

思ったより元気な姿でよかったですふふふ

だけど歳も取って、耳は聞こえないし1日中座ってボーっとしていることが多くて

1人で服を着替えるにも相当な時間が掛かる為

おばさん(父の兄のお嫁さん)がずっと介護をしたり

父も手伝ったり付き添ったりしていましたね・・・

普段見ることのない父のそういう姿に色々と思うこともあり・・

自分の親が自分のことも思い出せなくて

そんな親の弱った体を受け止めなくてはならないなんて

どういう気持ちなんでしょう汗

父だって生まれてから大人になるまでは秋田にいた訳で

ルーツは秋田にあるはずで

でも今はずーっと関東に住んでいて

どんな気持ちなんだろうなぁなんて思ったら

またモヤモヤと考えてしまいましたaya

誰もがこうして色々考えながら

嫌でも大人の道を進んでいかなくちゃいけないんですね・・・

1泊の秋田でしたが出発までもたくさん時間があったので

父と十和田湖に行ったりドライブしてお昼を食べたりして

普段は出来ないことが出来ましたキラキラ

しかも全部父に払わせたという・・・親不幸ケケケ

私、母と同じで鼻炎アレルギー持ちな為

純和風の家って体が受け付けないんですガクリ

今回も秋田の家に着いた途端

くしゃみ、喉の痛み、涙、鼻水が止まらなくて

生きてるだけで辛い

そんな状態でした・・・

なので朝起きても布団は畳めない→父にやらせる

常に体が絶不調→何でも父にやらせる

父とのんびり過ごせたのはいいですが

父にとってはまるで子守で大変でしたね、きっとにんまり

今回は滞在が短すぎておじいちゃんのお墓にも行けなかったし

久しぶりに行ったのに十和田湖をチラっと見ただけだったので

今度はもっとゆっくり時間を取って行きたいと思いますぷぅっ

あ、それと不思議なことに

韓国から帰って来てから耳の性質が変わったのか

秋田弁も難なく聞き取れるようになっていました笑

父が聞き取れないのに私が聞き取れるなんてあはー

何となくですが、秋田弁と韓国語が似ているんですよ笑

これは説明がすごく難しいですが

言い回しが似ていたのが不思議でなりませんでしたねにこにこ

こんなとこで韓国での2年ちょいの生活での変化を感じるなんてかお

色んな変化があって面白いなぁ~aya