こんばんは。

 

昨日の夕方から今日1日

家族と濃密に過ごす時間が長かったりんごです。

 

前よりも

疲れずにすんだ。

いや・・・疲れるんだけども

前よりは100倍いい。

 

うん。

そんな感じ。

 

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そんなわけで

リアル家族と久しぶりに長い時間過ごして

息子と一緒に自宅に帰ってきて

 

1日半離れていただけなのに

なんとなく「ひさしぶり感」漂う

Facebookを眺めてみた。

 

 

そしたらさ、

なんか

スマホの向こう側、

Facebookの向こう側の世界から

 

急にリアル感が失われたんだよね。

 

 

なんというか

夢から覚めた自分が

夢の中に出てきた人たちを

おだやかな気持ちで眺めている感じ。

 

 

自分を侵害されることなく

自分との境界がハッキリして

すごく適度な距離が取れるところで

懐かしい顔を眺めている感じ。

 

 

すごく不思議なんだけど。

 

会ったことのある人でさえそうなんだから

リアルで会ったことのない人の記事は

テレビのニュースやドキュメント番組を見ているのと

同じ感覚になった。

 

 

なんだろう。

この気持ち。

 

 

あんなに

みんなの活躍や煌めきや華やかさに憧れて

私もそこを目指したいと心を焦がしていたのに

 

 

たった1日半

自分の家族と濃密に過ごすだけで

こんなにも意識が変わってしまった。

 

 

今までは

家族の中で良い子のポジションでいることで

自分の居場所を作ってきたけれど

 

 

いろんな段階を経て

昨日今日は

 

 

嫌なことされたら「やめて」って言う。

聞きたくない話は聞かない。

返事したくない時は無視。

楽しくないときは笑わない。

自分から気を遣って家族に話しかけない。

やりたいことは許可を得ずにやる。

 

ってことが

そんなに意識しなくても

一番怖いリアル家族の中でもできたんだ。

 

 

もちろん

家族から嫌な顔された時もあったし

自分勝手ねっていうことも言われた。

子どもみたいって言われたし

しょうがないねぇって笑われた(笑)

 

 

でも

そんな1日半を過ごしたら

すごく大きな安心感に包まれて

 

 

あー、私がしたかったことって

 

お金をざくざく稼ぐことでもなく

みんながうらやむ人気者になることでもなく

人から感謝されるようななにかをすることでもなく

華やかできらびやかな世界に身を置くことでもなく

 

ただただ

家族という私にとって大切な人の輪の中で

自分の気持ちをちゃんと感じて

安心してそれを出しながら

毎日の幸せを噛みしめるように生きることなんだな

 

って思ったんだよね。

 

 

ただただ

見つめるのは自分。

 

 

少し前みたいに

どんどんいろんなもの自分にインプットしたい!って

動き回って外側からの刺激を受け続けていたら

こんな風には思えなかっただろうな。

 

 

外側の出来事に心乱されて

動き回る気力も無くなって

 

どうしようもない自分を諦めて受け入れて

やっと本当の私が見えて

 

 

そして

夢から覚めた。

 

 

今はそんな気分。

 

 

なんかうまく言えないけど。

おっきく意識が変わった今日この日の事を

ぼんやりだけど書き残しておく。

 

 

おやすみなさい。

 

 

 

こんにちは。

 

今日はこれから出かけるというのに

どうしてもこれを書きたくなって

パソコンの前に座りました。

 

りんごです。

 

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今日、

午前中に少しお出かけした後

自宅に戻って

何気なくテレビをつけた。

 

でも、全然面白くなくて

録画してある番組でも見ようかな・・・と思って

何気なく「ハウルの動く城」を見始めた。

 

宮崎駿監督の作品が大好きで

他のものもよく見ているのだけれども

 

この「ハウルの動く城」だけは

なぜか敬遠することが多かった。

理由は簡単。

 

物語中の「ソフィー」が

どうしておばあちゃんになったり女の子に戻ったりするのか

その仕組みが理解できなかったから。

 

つまりこの作品のテーマがよくわからなかったからなんだ。

 

いや、

なんとなく

「自分らしく生きる」ということがテーマなんだろうとは

うっすらわかってたけど

それだけじゃ説明が付かないところが多かったんだよね。

 

だから

あんまり何度も見てなかった。

 

でも今日は

急にこれを見る気持ちになって

見始めた。

 

以下、私の個人的な見解を書いてみる。

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冒頭からこの作品は

「女性性を捨てて生きている女の子(ソフィー)」と

「男性性を捨てて生きている男の子(ハウル)」が

 

それぞれの性を取り戻していくお話だったんだって気がついた。

 

出会いは突然。

事故のように起こる二人の出会い。

 

すぐにソフィーはハウルに恋をする。

でもハウルに変化はない。

フワフワとその場を立ち去り

もう出会うことが無いかのような別れ。

 

しかし

ソフィーはハウルを思う気持ちが強くて

荒れ地の魔女に見つかり魔法をかけられた。

 

「女性性」を封じ込めているソフィーは

女性性の少なさがそのまま表面に現れた「おばあちゃん」の姿になる。

 

そしてそこから

自分にかけられた魔法を解くために

行動していく。

 

おばあちゃんの姿をしたソフィーに

「こんがらがった魔法だね」と

再会したハウルは声をかける。

 

なぜなら

ソフィーにかけられた魔法は

ソフィーが自分にかけている呪いと同じだから。

 

本当は美しく女性らしい感情もあるのに

それらを無いものとし、

 

父の家を受け継いで守り

姉としての役割を果たし

華やかなものからあえて自分を遠ざけ

地味に真面目に生きることを

自らが選んで生きているから。

 

 

その後もハウルはことあるごとに

ソフィーを素敵な女性として扱おうとするのに

ソフィーは断固、拒否。

「掃除するしか能が無い掃除婦だ」と言い張って

自分をおとしめたり、

「綺麗だったことなんかない!」と怒りをあらわにすることもある。

 

でも

ハウルの奔放さや

周りのあたたかさ

心震える美しい景色

そして悲しみによって

 

怒り

泣き

喜び

楽しむ

 

そんな女性性丸出しの自分に戻っていくと

 

その姿が元の

いや、元よりも美しくて若いソフィーに戻るんだ。

 

 

そして

これはソフィーだけじゃない。

 

ハウルもだ。

 

女の子を追いかけている噂の絶えないハウル。

自分の魔法を使い

綺麗に着飾ったり

強さを誇示したりして

自分の魅力を保っている。

 

定住せず

面倒なことからは逃げ回り

感情のスイッチをオフにし

表面的な優しさだけで生きている。

 

ストーリーの中では

その二人が出会うことは運命的なものだったのだけれど

 

ハウルがソフィーに出会うことで

「喜ばせたい女性」に出会うことで

 

ハウルもまた

守るべき者の喜ぶ姿を見るために

自分の中の弱さや秘密にしていた美しさをさらし

守るべき者を守るための戦いにその身を削り

守るべき者の愛に包まれる幸せを知り

本来の男性性を取り戻していく。

 

 

エンディングでは

そんな「本来の性に戻った二2人」が

これから共に家族として生きていく

 

というストーリーだったんだな・・・

 

 

って最後まで

ずっと泣きながら見ていた。

 

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そう思うと

すごく女性を丸出しにした

ソフィーの妹とお母さんの役割もハッキリするし

 

「戦争」という極限状態を書かなければ

言い表せない部分も多いのかなって。

 

そんな風に思ったんだよね。

 

悪魔の契約の「心臓をを失う」っていうのは

本来の自分の生き方を失うってのにも直結するし。

 

カルシファーを褒めて頑張らせようとする姿とか

そのおだてにカルシファーがすぐに乗っちゃうとことか

 

そういうコミカルな面も含めて。

 

本当にいままで学んできた

いろんなことを見ることができた作品だった。

 

ちょっとここでは言い表せないくらい

感動した。

 

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宮崎駿監督の作品って本当に深い。

私の解釈が合っているかは知るよしもないけど

 

今日私は「ハウルの動く城」を見て

すごく心が震えた。

 

「女性性」を取り戻す

いいお手本になりそうだなって

そう思った。

 

 

そして

 

外に出て

焦っていろいろ探し回らなくても

 

私に必要なメッセージは

ちゃんと自分に届くんだって事もよくわかった。

 

これからも

安心して

家でのんびりと過ごそうと思う。

こんばんは。

 

眠くて眠くてたまらない時期を越えて

また夜を楽しめるようになってきました。

 

お気に入りの自宅のカウンターで

この季節のお楽しみ「シードル(りんごのお酒)」を飲みながら

パソコンに向かってます。

 

今、2本目を飲んでます(笑)

りんごです。

 

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今朝

麗巳さんのこのブログを読みながら↓

私は今までいかに

自分のネガティブを亡き者にして

「似非ポジティブ思考」で生きてきたかを思い知った。

 

小さい頃から

「ネガティブに考えるなんて良くない」

と自分を律し

 

大人になってからも

「常にポジティブでいる方がいいことがある」

と信じ込み

 

ネガティブと言われる感情を

感じないように感じないように

 

力技で

すべてをポジティブに変換してきた。

 

 

そしてそれは

仕事ではとても役に立った。

 

ネガティブに蓋をして

何も感じないことで

任務を最後まで遂行することができたし

気分の浮き沈みから自分を守っていられた。

 

 

でも、

そうやって

ロボットのように毎日

何も感じないように生きていくことで

 

なぜ私は生きているんだろう

これから先もずっとこんな人生なんだろうか

 

 

苦しくて苦しくてたまらなくなっていた。

 

どんなに幸せなことがあっても

そんな時ほど蓋をしたネガティブな感情が湧き上がり

それに引っ張られ

最後は幸せを自分でぶちこわしにいく。

 

 

そんなことばかり繰り返していた。

 

 

そしてそんな痛みを知れば知るほど

よりいっそう自分のネガティブに蓋をするようになった。

 

THE 悪循環!!!!!(笑)

 

 

でも

ネガティブを感じないということは

本当の意味でのポジティブも感じていないということ。

 

つまり、

自分の気持ちが全くわからない

「不感症」

ってことだと思うのよ。

 

 

そういえばこの「不感症」という言葉

最近よく人に投げかけられてたわ・・・(笑)

 

 

なによ!そんなことないわよ!!

 

 

なんて反論してたけど

ど真ん中「不感症の女」でした(笑)

 

 

今、

私、

絶賛「感度を上げるキャンペーン」中。

 

 

キャンペーンの初めの方は

どっちかっていうと

ネガティブな

不快な感情を

じっくり味わっていたのだけど

 

それを味わう!!!と決めたら

嬉しいことや

自分が本当にウキウキすることも見えてきた。

 

 

きっと

まだまだ時間はかかるけど

なんの刺激も無い

この平穏な時期に

のんびりとそれをやっておくといいんだろうな・・・

 

自分の心が言っている。

 

 

そしてそう思うと

キャンペーンのきっかけになった出来事に

付き合ってくれた人たちに

感謝の気持ちを持たずにいられない。

 

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まずは自分の感情をしっかり感じる。

良い感情とか悪い感情とかってジャッジしないで

湧いてくるもの、全部。

 

それが

「不感症」からの脱却において

遠回りなようで

一番の近道なんだろうな。

 

 

女性らしい

ドデカい感情の振れ幅を持った自分に

戻れる日を楽しみにしている。