こんにちは。

 

息子の咳を聞きながら眠る夜が続くのと同時に

 

床暖房を入れると

あまりのあたたかさに

昼間っから床で寝てしまう日が続いています。

 

どこでも眠れる、りんごです。

 

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私ね、

闇が好きなの。

 

闇。

 

 

夜の闇

人の闇

心の闇

 

そのどれもを愛しているの。

 

 

保健室で勤務していると

家族の闇なんかに出会う事なんて日常茶飯事で

 

だけど

そんな闇を含めて

その子

その家族が

愛おしくてたまらなかった。

 

 

それは自分が優越感を感じるためだったのかな

とか

変に自分を疑ってみたこともあったけど

 

 

どうやらそうじゃないみたい。

 

 

どんな人にも

どんなものにも

 

 

光があれば闇がある。

 

 

光り輝けば輝くほど

闇が深くなるとも言う。

 

 

輝きが好きな人も多いだろう。

そこにはひとをあたたかい気持ちにさせるものがあるから。

 

 

だけど

私は

 

闇が好き。

 

ちょっと気を抜くと

自分の闇にさえ飲み込まれそうになってしまうけど

 

 

でも

どうしても

闇を愛さずにはいられない。

 

 

これからもずっと

私は闇担当でいいなぁ。

 

 

底が見えないほどの闇に心惹かれる。

 

 

それも、私。



こんにちは。

 

お久しぶりにパソコンの前に座りました。

 

りんごです。

 

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ここんとこ

自分の中に溢れてきたものを外に出さず

 

自分が何を感じても

自分が何を思っても

 

「大丈夫、それでいいよ」と

 

自分に向かって言う

ということを繰り返してる。

 

例えそれが

 

独断と偏見にまみれた独りよがりの考えだろうが

世間一般からみたら常識外れの考えだろうが

人に言ったら嫌われちゃいそうなゲッスい思いだろうが

 

なんでもかんでも

とにかく自分を否定せずに

 

「大丈夫、それでいいよ」とだけ

言い続ける。

 

それを意識して続けている。

 

初めの頃は

「大丈夫、それでいいよ」と言う自分を論破しようと

頭の中でグルグルグルグル言い訳するもう一人の自分もいたけど

 

そんな自分にすら

「うんうん。言いたくなるよね。大丈夫、それでいいよ。」

って言い続けてきた。

 

 

そしたらね。

 

言い訳ばっかの自分がどんどん小さくなって

自分の素直な気持ちが見えてきて

そんな自分を

自分で受け止めてあげられるようになってきた。

 

で、

そうなってきたら

だんだんと「他からの評価や承認」がなくても

あんまり不安にならなくなってきた。

 

 

あんなに欲しかった「他者からの評価」がなくても

自分で自分の「安心感」を作り出せるようになってきたの。

 

 

なんかさーーー

そうなったら

ますます動けなくなって

どんどんダメ人間になっていくのだけれども(笑)

 

でもそれすらも

 

「大丈夫、それでいいよ」

 

自分を許している。

 

 

そうするとまた

自分の隠してきた気持ちがどんどん溢れてきて

 

あーー

私って本当はこんなにいろんなこと感じてたんだなぁ

 

って

今までなんとかほじくり出そうとしてきた

「本当の自分の気持ち」

というのが

 

自然に出てくるようになってきた気がする。

 

まだまだ道の途中だけれども

これからも自分に向けて

「大丈夫、それでいいよ」

って言ってあげたいなって思ってる。

 

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まだ

自分の気持ちをそのまま口に出すのは怖い。

 

自分が周りに対して

心を開いて生きているかと言われれば

答えはNO。

 

でも

そんな自分ですら、もう許せる。

 

この繰り返しがきっと

自分を生きやすくするんじゃないかなって

そんな風に思う今日この頃。

 

 

マスター卒業して1年経ってもまだこんなもんよ(笑)

でも、それが私。

紛れもない、本当の私。

 

そんな私でも

大丈夫、それでいいよ。

 

うん。

それでいい。

大丈夫。

 

その繰り返し、だな。

こんにちは。

 

今日もめっちゃ寒い。

お日様が出てなくて余計に寒い。

 

こんな寒い中なのに

保育園という外遊びたくさんするところへ

ニコニコ出かけていく息子って

本当にすごい。

 

寒さが苦手なりんごです。

 

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私ね、

最近やっとわかったことがある。

 

それは

「嫌い」は「嫌い」でいいってこと。

 

 

心屋の教えの中に

「嫌いな人は自分の鏡」ってのがあってね

 

もともとあまり人のこと嫌いになることはないんだけど

最近どうにも好きになれない

 

というか

「大嫌い」な人

が出てきたんだけども

 

この「嫌い」が出てきたとにこそ

私にとってその人は「神(見習うべき存在)」であるから

その嫌いな人を許してあげると楽になるよ

 

って言うことを

四角四面にとらえすぎて

 

その嫌いな人をどうしても好きになれない自分を

また

責め始めてたの。

 

どうして私はその人のことを嫌いなままなんだろう・・・

好きになれないって私の器が小さいんじゃないか・・・

 

ってね(笑)

 

でも

そうじゃなかったんだ。

 

その人の嫌いなところを自分に許可するだけ

 

例えば

愚痴ばっかいうところとか

他人を攻撃しまくるところとか

 

そんなところを

 

自分に許可するだけ

 

別にその人自身を好きになったりする必要はない。

 

嫌いなもんは嫌い。

それはしゃーない。

ってかむしろ

そういうのが嫌いな自分を許してあげる。

 

ってことの方が

なんでもかんでも自分を責める材料に使う

私にとってはいいのかなぁ

 

なんて思った。

 

 

嫌いなものがわかれば

反対の「好き」もよくわかるしね。

 

で、

いつもその「好きな自分」の状態ではいられないから

そうなった時に

「嫌いな相手」を真似して

その人のやりそうな

「嫌われちゃいそうなこと」をやってみる。

 

そんなバランスでいいのかなって思った。

 

現にその人、

私は大嫌いだけど

周りからは全然嫌われてないしね(笑)

 

 

嫌いな人を無くした方が人生楽しいかもしれないけど

まだまだそこまでは悟れないので

 

私だけは

私の感情の味方になって

 

その人のことを「嫌い」でいようと思う。

 

 

・・・ま、そうはいっても

「嫌い」もエネルギー使うから

その人に関わるのはやめてる。

 

だからそのうち

「どーでもいい」に変わるだろうけどね(笑)

 

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本当に心屋の教えは

一人ひとりどう受け取ればいいか違う。

 

それが面白いんだけど

どうしても自分が受け取りやすいように

自分の決めたルールの中で動き回れる範囲で

受け取りがち。

 

そんな時は実物にあって

問答無用で

生のエネルギーを感じるに限るんだよね。

 

 

今月17日は生仁さんに会うために

東京Beトレに行くことを決めている。

 

それは

気づきと

確認と

避けていた自分に涙したり悶絶したりする時間。

 

楽しみだな。