こんにちは。
今日は息子を保育園に送った後、
一度パソコンの前に座ってみたものの
ブログを書く気が起きなくて
洗濯して
食器洗って
ソファーに埋もれたりんごです。
そんな日もあるな。
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ソファーに埋もれ、
何気なくテレビをつけ
もっぱら高橋一生と柳楽優弥を見て
目の保養をするための番組となりつつある
NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の
昨日放送分
「女たちの挽歌」を
見ることにした。
軽い気持ちで。
ところがどっこい、
今回はもう涙涙で胸が苦しくなるような話の展開だった。
ざっくり説明すると
直虎率いる井伊家存続のため
幼子が居る母親を他の家に人質にやる
という話だったのだけれどね。
もうね、
何というかね、
女性の愛情とは
なんと深く
なんと悲しく
なんと力強いのだろう
と思わざるを得ない。
人質に出される母はもうとっくに覚悟を決めているのに、
自分が居る間に幼い息子に試練を与える母。
母を守ることができないとわかり嘆き悲しむ息子を
大きな愛で包み込む母。
我が子を愛する気持ちを正直に力強く伝える母。
自分が居なくなった後、
いつか息子が折れそうになった時に
その支えになる出来事を作っておく
思慮深く賢い母。
しかし、
いずれ我が子が後を継ぐ井伊家の存続こそが彼の幸せと思えば
己が幼い我が子の側を離れることもいとわない
深い愛情を持った母。
どれもこれも
戦国時代にはよくあった話かも知れないが
女性というのは
本来
こんな風に
賢くて
思慮深くて
先を見据える力があって
力強くて
まっすぐで
潔くて
温かい
生き物なのだろうなと思った。
本来
こういう力が備わっているからこそ
母になれるのだろうな
と思った。
戦国時代には
戦にも出られない
非力な女性たちが
女性だからこそ兼ね備えている賢さと力強さで
国やお家を支えていたことも多かっただろう。
それは決して文献に残るものではないが
大切なことほど目には見えない
ということの代表格なのではないかと思う。
そして
「挽歌」とは悲しみを歌った詩・歌のこと。
戦国時代の女たちは
悲しみすらも強さに変えて
愛するものを守り抜いたに違いない、と思わずにいられない。
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幼い息子を持つ私は
もうこの母に感情移入してしまって
泣いて泣いて、
書きながら今も泣いている。
私が生きている世の中は戦国時代ではないが
愛するものを守りたいという気持ちは
何ら変わりない。
それは母性。
全てを許し
全てを飲み込み
それを自らの力に変えていく力。
子がいない女性にもそれはしっかり備わっているからこそ
愛という概念が産まれるのだろうと思う。
女は強い。
そして深い。
女に産まれて本当に良かったと思った。