デッドマン・ウォーキング。

という映画を観ました。

「デッドマン・ウォーキング」とは
死刑囚を死刑台に向かわせる際、看守が叫ぶ言葉だそうで。


結構ショッキングなシーンもあり

そういう生々しい描写とか
傷や恐怖を与えられる気持ちにリンクしやすかったり、体感してるような感覚になったり

なので途中何度か具合悪くなったのですが
(たぶん映画館で観てたらパニックで倒れてた)

珍しく顔を覆わずに、ちゃんと観ました。






愛し合ってる婚約カップルに

酒と薬でベロベロになって

男の子の目の前で、女の子に男二人でダブルで強姦とメッタ刺しをし

最終的には二人とも拳銃2発後頭部に、で、殺すっていう

書いてるだけでも具合わるくなるような

そんな罪で死刑判決になった男マシュー、と

彼の死に際まで寄り添うことになったシスターヘレンとのお話。






あらすじを書きたいわけではないので
省かせていただきますが🙏







この男、最初はじぶんを無実と言って

主人公のヘレンに上訴審をお願いするのだけど

結局認められなくて、

最後は死刑になります。

けど執行される直前に、
いままでずっと認めず逃げ続けてきた自分の犯した取り返しのつかない大きな罪の事実を認め、

ヘレンに讃美歌を歌ってもらい、愛され許され

最期の瞬間には「愛してる」の言葉をヘレンに残して、

こどもみたいな柔らかい表情で、逝く。







観終わって、

ひとこととか、文章でまとめられるような

単純な気持ちではない。。

ヘレンは上訴審のため頑張り

殺された2人の遺族とも話をして

周りから罵られたり傷つきながらも

最後までマシューの声に耳を傾け、1番の理解者であり続けた。

世間一般から見たら、狂った凶悪犯、人間ではない、動物である、
だから殺されてもどうってことない
と、いう認識を持たれている彼のために。







凶悪犯罪者でなくても、

周りから理解されにくいひととか

誤解されちゃいやすいひととか

うまく抑えられないときがあったり

変わってるって言われたり偏ったひと

そんなひとたちの奥の奥の本質部分って

誰よりもピュアで、繊細で、

ちょっとしたことで簡単に深く傷ついてしまう

だから身を守るために何重にも何重にもかさねて、

トゲトゲしくしてるんじゃないかなって、そんな気がしてる。前から。

歩み寄れない。こころを開けない。

だから壁をつくる、シャットダウンする。

攻撃してしまうこともあるかもしれない。

ほんとは罪悪感でいっぱいなのに

平気な顔をしたり逆撫でするような態度に出てしまう。

そっち側の感覚も私はよくわかるから。

だから、まずは理解してあげたい

こわくないんだよって、教えてあげたい

優しくしてあげたい

そんな、気持ち。

その愛をほんとは受け取りたいけど

うまく受け取れないだけなんだって、

パイプ役になってあげたいし

気付かせてあげたい。







わたしは聖人ではないし

わたし自身が二重の気持ちあるから

みんながみんなにそうはなれない。

トゲも飛ばす。

し、めんどくさい。

けどわたしが関わったひとたち

好きだなって思ったひとたちにとっては

なるべくなるべく、あたたかい存在で居たいなぁ。

ただのエゴなのかもしれないけど😐







考えたら、偶然が重なって

わたし、幼稚園がキリスト教で
ごはんの前にアーメン

記憶定かじゃないけど定期的に幼稚園でお祈りしてた気がするし

小中お気に入りでよく読んでた7巻の文庫本もキリスト教、

極め付けは大学時代、
青学のプロテスタントキリスト教
科目やってたし、
聖書は捨てられなくていまもある。

キリスト教にずっと身近だったんだなって✝️







アガペー。見返り求めない無償の愛。

どんな罪人をも赦し、包み込む

母から子へ与えるような大きな大きな愛。

どんな悪行を働いたひとであっても

彼らの何重にも重なって固くなったこころの奥の奥の奥には

ぜったいに純粋な光があるんだと思う。

その小さな光を信じて、ちょっとずつ内側から大きくして

そのひとがじぶんで己を救えるようになるまで

信じて与える「愛」が、そこにはある。







いま、じぶんのなかで許せないものとか、ぶつかる真っ黒な気持ちを放出してるタイミングで、この事実に気が付いたことも。

もしかしたら偶然じゃなくて必然で。

キリスト教の教えを大事に、

「愛」を

ほんとの意味でひとにもじぶんにも与えていけるようなにんげんになりなさい、と

神様から言われているのかもしれないと、そんな気がした。






表現者として感性に自由に

いろいろを気にせずあえて剥き出しにしてみることもトライしてるけど

わたしがひとを思いやるこころを忘れないように思い出させてくれる、そんな道標なのかもしれないと

ちゃんと、心に留めておこうとおもいました。






最後に、この本を。ここまで読んでくださった皆様へ。

わたしが6歳のときに読み始め、

そのあとも定期的に読み返し、

大学でキリスト教をちゃんと勉強したときに、「あ、この本、キリスト教の教えが元になってたんだ!」て気付いた

わたしのルーツになってる本です。

児童書だけど、大人の方に響くところもきっとある。

良かったら読んでみてください。


講談社青い鳥文庫 倉橋燿子さん著
「青い天使」全7巻⬇️