今日も娘の目覚めは遅く

BRANCHを用意



すみません
ここからは2番目の兄の愚痴です


昨日 2番目の兄から
電話があり 多少憂鬱な私

2番目の兄は 私と3歳違い
兄は小学生の頃
今で言う過呼吸からの痙攣発作を
度々 おこし両親を心配させました

五十年前 まだ過呼吸による
パニック障害なんて それ程
前例がなくて 傍目に
今にも死にそうな兄の様子は
周りのみんなを相当 怖がらせました

母は兄にはいつも甘かった
この子は学校もまともに
通えてないのに成績が良いとか
ベタ誉めをし 可哀想だからと
欲しいものを与え
それは それは 立派なお坊ちゃまに
育て上げたのです

でもね うちは貧乏でしたよ
経済的余裕なんてなかったです

幼い妹の私でも分かるのに
兄はそんな事考えもしないのか
病気を楯に同情をかって
欲しいものを手に入れるのです

成績も 冷静に見れば 普通 
私は兄よりはるかに良かったけど
母に褒めて貰った事はなかった
成績1位も何かの代表に選ばれても
健康なんだから出来て当たり前

でもね 肺炎で生死も彷徨ったし
倒れる事も多くて保健室の常連だった
母はそれを知ろうとしなかっただけ

大人になっても 
兄は変わりませんでした
就職してもすぐに仕事を辞めてしまう
病気のせいだから仕方がないと
甘やかす母にイライラしました

デキ婚で結婚する時も
全部 費用も親がだし
式の準備も 全部 親まかせ
家まで建ててあげてました

同じ年の1か月後 
私も結婚しましたが
式には他の招待客と同じ立場で
出席はするからと飛行機代や
ホテル代も全部 私の親と兄姉の分は
夫が出してくれました

私達は誰も頼らず すべてを
二人で準備しました
大変だったけど それは二人で
話して決めた事なので
それで 良かったのですが
衣裳合わせの時だけは 泣きました

周りの人達は母親と一緒で楽しげに
している なのに私は・・
兄の結婚式には忙しくて
出席できませんでしたが 親ががりの
兄とひとりぼっちの自分
どうしても比べてしまったのです

一人 ドレス姿の自分を見つめ
憂うつな気分でした

でも 係の人がカ−テンを開けると
夫が満麺の笑みで立っていて
「お−キレイやん 似合う 似合う」
その笑顔を見た時 この人で良かった
この人について行こう
改めてそう誓った瞬間でした

兄に両親が手を掛ける分
私は放ったらかされ
年の離れた姉たちが
育ててくれたようなものです

でも 自分も親になり
母の気持ちも分かるので
両親に対する恨み事は一切ありません

兄はずっと死ぬまで母を苦しめました
建ててもらった家を捨て
本土に渡り 仕事を転々として
サラ金に手を出して何百万の
借金を作ったこともあります
それを両親が 自分たちの老後の
資金を使って払いました

なのに兄は 生活が落ち着いても
そのお金を両親に返すこともなく
新しく家を建てたと 私達に
自慢したりする 
その裏で 相変わらず母にお金の
無心をしていたようです

僅かな年金を兄に渡してしまう母
何度も止めましたが
ウソが巧妙で 出張に行って帰る
飛行機代がないとか
病気で手術しなくてはならないとか
私なら信じないけど
母は 全部信じてしまう
またサラ金から借りてしまったらと
怖かったようです

時々は 私たちも騙されるほど
嘘が巧妙で 膵臓がんで長くないから
みんなと会いたいとか言われて
実家に急いで帰ったこともあります
何のことはなく実家で飲み食いする
兄に呆れるやら腹ただしいやら
もう20年も前でしょうか?

両親が亡くなると 
こんどは 姉妹に色んな嘘をついては
お金の無心をしました
私はもう騙されないので
矛盾をついては 回避するのですが
義兄が少し渡してしまいました
みんな 年金暮らし 楽な所は
どこもありません
その後も色々理由をつけては
母の代わりを見つけたかのような
行動が続きました
何度もお金を渡さないようにと
義兄達を説得し 諦めたのか
今は 止まっています

ひどい時は
嫁が末期の乳がんだとか
交通事故をおこし逮捕されそうだとか
救急車で運ばれ手術したとか
次々と出てくる嘘
時々 ほんとに入院してたりするので
どこまでがホントなのか
分からない所が厄介なのです

けっきょく嫁さんとは離婚し
その際 アパートの保証人に
夫になってくれと言ってきた事も
ありました
話を聞くと 仕事も辞め
家を売ったが 負債が残り
家賃をまともに払う気はなかったので
(迷惑かけないからとか ちゃんと
払うからと言うならわかりますが
うちに払わせる気 マンマンでした)

それをうちが払う事になるなら
出来ないと伝えると 
家の家族に路頭に迷えというのか
と凄まれました
いったい 兄の家族に私達が
なんの責任があると言うのでしょう

恥ずかしくて夫にはこの事は
話せませんでした
一度 助けたらずっと鴨にされる
それは 長年見てきて分かってるので
何を言われようと
私は絶対折れませんでした

それでも血の繋がりがあるのは
厄介で 私の心には傷を残して
精神的に不安定になりました
もう長年です
それを受け止め 何も聞かずに
癒やしてくれていたのは夫でした 

その夫がもういないのです

だから私は神を恨みます
なぜ夫を奪ったのかと

兄は何事もなかったように
今も 時々電話をかけてきます

今は真面目に仕事はしているようです
資格をたくさん持っていて
口が上手いので仕事を辞めてもすぐに
次の仕事を見つける
ここには感心します

でも 年金生活になったら
どうするのでしょう
私には この人が恐怖でしかないです

なので会いたくもないのに
五島に私たちが帰る事を姉に
聞いたらしく一緒に帰りたいと言う
私は日帰りで孫達も
連れての旅だからムリだと言ったら
俺に会いたくないのかと言う

その通りです 会いたくないです

黙っていると また
俺は死ぬかも知れない話が始まって
検査結果が悪く すい臓に影がある
とか うまく話を合わせながら詳しく
聞きだしたらすい臓に
石があるかもということらしい

今まで何度自分は死ぬかもしれないと
言われたことでしょう
全然変わってない

コロコロ変わる話の内容に
やっぱり信用できない
何が目的?と疑ってしまう

私は薄情なのか
兄姉達があまり好きではないのです
この年まで生きてくるとそれなりに
色んな確執もあって
心無い言葉もかけられた事もある 
私は今までのすべてを
覚えているのに
皆さん都合よく忘れてしまう

仲良くなんてしたくない
放っといて欲しい

夫が亡くなった今
私の心は更に頑なになっているかも

自分を守れるのは
自分だけだと思っているので

長い長い愚痴でした
なるべく簡潔にと思いましたが
色んなことがありすぎて書ききれない
兄姉が多い事は私には昔から
負担でしかありません
兄姉が年老いて来て余計にそう思います
幼い頃 姉達に育ててもらった恩は
実家を出て四十年 少しずつ
返してきたと思っています
毎月のように 物資を送ったりも
してきました
他でもできる事はやってきたと思います

死ぬまで解放してもらえない血縁

末っ子って損だと思うのは
私だけなのでしょうか