桜子さんのブログを見て、ひとり悶々と考えてみた。
『なぜ、国民の税金から原発被害の補償金を出さなければならないのか』
これって、誰が責任を負うべきかって話にもつながってくると思うんだけれど。
当然一番悪いし、責任を負うべきなのは東電やし国だと思います。
でもだからって、私たち国民に責任がないかって言ったらそれも違う気はする。
*ただしここでいう国民は、とりあえず20代以下は含まないものとします。この年齢の区切りも、また後日考えてみたいな。
だって、そんな国にしたのは、選挙で原発推進派の人たちに投票したのは私たち国民だし。
それに、福島第一原発で生まれた電力は東京とかの東電管轄圏に供給されているわけで、東京には大手企業の会社だったり、その周りには工場があるわけで。
したがって、その恩恵は直接的でないにしろ、間違いなく受けてるはず。
だから、原発を建てるということに反対しなかった、現地の人が悪いっていうのが全てではないがする。
本来なら、建設の時点で全国民が原発や放射能のリスクを知り反対すべきだったのに、知ろうとしなかった、あるいは知っていてスルーしていた。そんな国民の大多数も責任は当然負うべきじゃないだろうか。
したがって、国民が税金から補償金を出さねばならない理屈は通るんじゃないでしょうか。
・・・ちょっと苦しいかな?w
あと、もうひとつ。
責任の負い方は、もちろんお金という形もひとつだと思うし、必要でしょう。
けれど、それだけじゃないんじゃないかと。
*参考として、毎日新聞に京大の小出さんが言ってたことがのってたのに貼っときます。
→http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/462.html
で、今回野菜とかお肉とかさまざまな食材が放射能に汚染されてしまった。
(農家の人ががんばって作ってたのに。きっと私たちが考える以上につらいことだと思う。
せっかく育てたのに、食べられることもなく処分されてしまうのは。)
聞くところによると、歳取った人は放射能で汚染された食べ物とか食べてもさほど影響がない。細胞分裂の関係で。
それなら、その人たちがこんな原子力漬けの国にした責任を取るためにも、食べればいいんじゃないかなって、そう思うのです。
ちょっと過激かな?でもこれは有りなんじゃないかと。
実行すんのは問題あるのかも知れないけど。
あんまりまとまってないけど、ご飯だからここで切り上げます(*・ω・*)ノシ
以上。ぽんでした。
2011/5/30