4月2日。今日は父の誕生日。
「誕生日おめでとう」そんな8文字の言葉を言うことすら、もう永遠に叶わない。
交通事故は(加害者からの謝罪を受け入れたことは一度もないが)加害者から「申し訳ありませんでした。」と言われ、「はい。わかりました。」と言えるようなことではない。人間の人生をその手で終わらせたこと。命の重みはそんな簡単なことではない。そして、心の痛みを時間が解決するなんていうのは嘘だ。私たちは時間によって父との記憶が奪われる。父との温かい記憶を思い出すことですらつらい。
形や言葉だけの謝罪なら、誰でもできる。そんなのいらない。聞きたくもない。
そんなことよりも重要なのは、被害者や遺族のことを少しでも考える想像力だと私は思う。それがあれば、誠意を感じないなど思うことや加害者の行動によって私たちはこんなに傷つけられることはなかっただろう。
事故後病室で横たわる父に母が「パパ…」と顔をうずめる姿を思い出し心が痛くなる。心臓の痛みを感じることもある。
未だに私は、父がいなくなったことを受け入れることができない。どこか地球の裏側に長い旅行に行ってるのではないかと思ってしまう。早く死んで父と同じ場所に行きたいと願うこともあるけれど、若い人が自殺をしてしまったニュースを観る度に、私に「お願いだから、自分で命を絶つことだけは本当にやめてね」と話していた。父は自分のことよりも、いつも家族の幸せを良い意味でしつこいぐらいに考えてくれていた。
だから、私は死にたくても死ぬ選択をすることはできない。私が大切にしている言葉がある。「どうしてグレることや自殺など自分を傷つけることをしてはいけないのか。それは、幼い頃に自分が両親や周りの大人からもらった愛を守る義務があるから。」
父からもらった愛を私は守らなければならない。