今日は久々にダーリンとデートでしたラブラブ



 場所は、えりもの大好きなショッピングモールアップイオンっぽい田舎にありがちっぽいショッピングモールで、なんかすっごく居心地がいいから、えりもはあの場所が大好きおとめ座


 そこで、普段、お互いゲームとかに興味ないくせに、思いつきで、



ゲーセン入ろうヾ(@^▽^@)ノ



って誘ってみました晴れお互い不慣れなゲーセンの中、ほとんどやったことないUFOキャッチャーなどを見物目力学的に考察して、あれは取れないだろうとか、なんかリラっクマが取れそうだなぁってなって・・・



初めてだけどやってみようかな(`・ω・´)


え~、取れるかなぁ・・・リラックマなら欲しいけどね(´・ω・`)



作戦立てて、100円入れて、ウィーンっとクレーンを動かして、



ヤバい、予想だにしない動きだーーー。(´д`lll)



・・・てか、予想だにしない動きが功を奏して、2個取れましたチョキ


ラッキー☆スター   -衛星と恋愛、大好き乙女の独り言-


 なんか、ダーリンとえりもっぽいねぇってなって、のんびりするダーリン(茶色いクマ)をあわてんぼうのえりも(白いクマ)が、ひっぱったり振り回したり、蹴ったりふんずけたりさせて、遊びましたにひひ

うざくてゴメン。


 なんだか、久々に非日常ってか、震災でドンヨリ・ビクビク・憂鬱だった気分が晴れました晴れ




       日々邁進

 今回の震災で、なんのために仕事をするのかについても、すごく考えましたあせる



 義兄の家のお金はないけど暖かい家、母親のいるお金はあるけど人が寄りつかない家、そして津波でたくさんの人が職を失って、とにかくなんでもいいから仕事捜さねばって捜す感じうお座会社で部長から「こういう震災の場を見てきて、衛星をどう使えるか、何かアイディア浮かんだ?この先、この会社がどう衛星を売り出していくか、そういうことも常々考えててね」と、とにかく「会社のため全てを犠牲にしなさい」という教えやぎ座なーんか、考えちゃうよね、なんでこの仕事やってるんだっけってガーン



 全員がそうじゃないけど、ウチの地元って「この仕事がしたいビックリマーク」ってする人は少ないから、仕事はあくまでも生活のためなんだよね家お金を稼いでいい車に乗りたいとか、家が買いたい、子供のために蓄えるとか、休みにいっぱい遊びたいとか、カワイイ服着たいとか、そんなために働いてるの走る人もちろん、お給料だけじゃなくて、会社の人と関わるのが楽しいとか、刺激があるとか、そういう観点でも働いてるのねビル休みを充実させるために、仕事があるの黄色い花



 だからさ、嫌(生活が犠牲になるほど)だったら辞めるとかもよく聞くし、この年で独身でいる私みたいなのは心配で仕方ないみたいでさ叫び



 東京の人(少なくとも私の周りだけ)って、自己実現とか、自立のためとかさ、お金を溜めても使う娯楽が質が違うよね・・・飲みまくり・旅行しまくりとかさ、服買いまくりとかさ、エステ~とか、なんかわかる!?同じようで結構違うのよショック!独身貴族もすごく多いし、別に変に思われないし指輪こっちにいると、仕事の量も質も高いから、キャリアに専念すると、家庭を持ったらどちらかが犠牲になるくらい、仕事があり過ぎる、そういうチャンスもありすぎる、とにかく物も仕事も娯楽も、なんでもありすぎるモグラ仕事のために休みは使う感じが、すっごくするガーン



 今の職場を見ていると、みんな徹夜やハードワークをしていて、それを自慢げに語っている感じで、そういう雰囲気はすごく嫌いで、なんか嫌・・・ダウンだって好きでやってるのに「この部署は異常だから」とか、自慢げに言ってて「自分は大変なんですよ~」って残業自慢や変なアピールがすごくてガックリ大学の時も、そういうことを言う人がすごく嫌いで、なんでかなぁ、気にしなきゃいいんだけどね叫び自分だって言う時あるくせにねむっ



 今の職場はずっと雰囲気が嫌で、どうしてかわからないけど嫌で居心地悪いから、お昼とかはずっと同じ建屋の違う会社に行って食べてた・・・ハンバーガー違う会社の人は、いつまでも馴染めてないんじゃと心配して、あれこれ聞いてくるが、私自身もどうしてあの空間にいたくないのか気付かずにいた汗



 私はキャリアを積んでいくと、誰もがそう思っているかもしれないけど、自分にも限界があるって思うし、これ以上無理はしたくないって思う汗自分は自分らしくいれば、おのずと収まるべきところに収まるって、私の中の教え・・・収まるところへ収まるよう、自分らしくいたいドキドキ



        日々邁進

 えりもは、出向してきたときの歓迎会で、「出身は宮城の海沿いの地域です」と言っていたため、みんなが一気に心配しましたあせるその後、東京も停電とかで1週間ほどは勤務困難者用の特別休暇があり、会社から徒歩10分弱のえりもも、特別に勤務困難者として扱われました女の子



 そして、少し落ち着いて、地元に戻る前に、なんか上司の方がソワソワしているなぁと思ったら、机の上に「えりもさん義援金箱」なんてものがあって、地元に出発する前に渡されました¥そのお金は親戚一同への見舞金増額へと使用しましたアップ実際に被害を聞いて、増額で良かったです合格



 そして、地元から戻って出社したら、溜まったメールの中に「義援金」とかいうタイトルのメールが飛び交っていましたパソコンどうやら部長が、偉い人に掛け合って、えりもの母校の大学へ義援金を贈ると言う話にしてくれていましたクラッカーなんだかあれこれしてもらって、申し訳ないやらありがたいやら・・・叫び出向早々目立ってしまいましたガックリ



 震災前は、バリバリ仕事・家では隙間時間で英語学習、ご飯は弁当女子な~んて生活だったけど、さすがに最近は、英語はお休み、弁当もしんどいときはサボリってしていますぐぅぐぅとにかく通常業務をこなすってことでいっぱいだからねあせる



 まだまだ小さなことで傷つきやすく、「自分も疲れてるなぁ」って感じている今日この頃DASH!周りの気に障る言動に、耐えて、耐えて、耐えて、・・・みんなも私も被災していないから、この会話は普通なだけなんだぁってねダウンもうちょっとだけ、そんな感じショック!




        日々邁進

[4/3]

 朝が来た。前日に早く矢本入りし、親戚周りも済んだため、時間的に余裕があった。そのため、姪達と近所の散歩に行った。徒歩圏内にわりと大きな肉牛舎があり、その牛を見に行くのが姪のお気に入りだったので、みんなで見にいった。本当にのどかだ。どこまでも続く田んぼ、牛小屋、ちょっとした林、被災地にいるのを忘れるくらいに癒されたクローバーこの日は、義父のはからいと安定してきたガソリン事情、たまたま生き残った車が手に入りやすい軽油の車であったのもあり、仙台まで車で送ってもらえることとなった。



 車内でも色々と話を聞いた。流された人の話。義兄の会社は、事務所に残っていた3人が車で逃げてしまったばっかりに、津波にのまれた。なんとか全員車から脱出はしたが、2人は完全にのまれて、近くの竹林の竹に引っかかっている姿で見つかった。一人は濁流の中、建物にぶつかり、しがみついて、奇跡的に助かった。生き残ったのは、運でしかないという話をしていた。


 ウチの親族は、天国のお父さんに助けられたねとか言うスピリチュアルな話もした。震災後、姪がウチの父に会いたいと急に言うようになった。姪は生前の父には1歳の時しか会っていない。私が東京で、ほとんど食べれなくなってるときも、ダーリンがミカンを箱買いして差し入れてくれた。私は具合が悪くなっても果物だけは食べられるため、八百屋の父はよく果物を箱買いしてきてくれたのにソックリだと思った。



 そうこう話しているうちに、仙台に着いた。姉達はずーーーっと被災地にいたため、息抜きに仙台の街中をぶらついた。若者がクリスロードを歩いている・・・店もやってる、ゲーセンなんかまでやっている、パルコやエスパルもやっていた。私はアエルの展望テラスに案内したかったが、さすがにやってなかったので、行けるだけ高い階(28階だったかな)の踊り場から景色を見せた。姉一家は、初めて来たようで、みんな喜んでいた。新幹線が駅の近くで停車したままになっているのが見えた。



 夕方になる前に、解散することにした。私は夜行バスの時間まで、大学のK先生宅に待機することにしていた。K先生の家は、教授らしく立派なマンションの7階だった。ご家族はまだ疎開中だったようで、先生が一人でいた。ダイニングのテーブルにカロリーメイトとネコ缶があった。先生の家にネコ缶は必要ないのに、焦った。女川の観測所に食料を置いてきたため、家の食料事情が切迫していたとは聞いていたが、まさかネコ缶に手を出したのではと心配した。だが、それは物資内に間違ってあったものだとわかって安心した。

 お互い、ちょっとタイミングをずらして、夕飯をとった。私は持参したカップ麺、K先生は自作のカレーを食べた。私もカレーを勧められたが、遠慮しておいた。お互いに喋り出したら止まらないタイプなので、夜行バスまでずーーーっと喋りっぱなしだった。楽しかったし、お互いに大した被災はしてないが、周りが被災と言うか、なんか立場が似ていて、妙に話しやすかった。K先生も職場の大学がグチャグチャになっているのに、かなり気が滅入っているのか、キャラが崩れかかっていた。それもまた面白かった。


 バスの時間が来て、バス乗り場まで車で送ってもらった。別れ際のK先生は、めずらしく笑顔で「じゃあね」なんて言っていた。



  おわり

[4/2つづき その2]

 義兄の実家の前谷地に着いた家激しい地震は襲ったが、農村地帯で被害もそれほど受けず、優秀な家だアップそして、みんながとても暖かいクローバー風呂が使えるようになってからは、人に風呂を貸したりもしていたようだ温泉ウチの実家(母親)じゃありえないダウンあの家からしたら、私なんて血もつながってないのに、本当に快く迎えてくれた合格姪2(0歳)にあげるはずだったお守りを、姉と話し合って義兄の兄(通称あんちゃん:左脳が脳死)にあげたら、「涙が出そ~」って大喜びしてくれた音譜とーっても性格のいい人だクローバー



 夕飯はみんなでお寿司とケンタッキーを食べた割り箸すっごいご馳走キラキラ家族みんなでテーブルを囲って・・・そんなのウチの実家ではありえない光景だった・・・しかも、みんな「姉とあんちゃん、どっちが大食いか」で盛り上がって笑いながら夕飯を取ったおにぎり姉にも「ウチの実家とは違うべ~」って何回も言われていたが、本当にそうだったブーケ1



 夜は、姉・姪2・姪1・私と並んで寝た夜の街姪1(4才)は、寝る間際に寝ぼけながら、「大きくなったらママにワンピース(津波で流された漫画のグッツ)買ってあげる」とか「大きくなったらママにお菓子買ってあげる」とか言いながら眠りについた女の子天真爛漫、うるさいくらいに元気で、ワガママで大変だが、優しい心がしっかりと根付いていると思ったクローバー姪たちが眠りに着いた後、うす暗い部屋の中で、姉の被災したときの話を聞いた波姉の体験談は、私が今まで知人から聞いた話の中で、一番過激な話だったさそり座



 姉は大街道の車屋で働いており、すさまじい揺れの地震のあと、貴重品を持って逃げようと言う同僚と一緒に、貴重品を持って、あの場で一番高い歩道橋へと逃げた走る人地震直後、すぐに停電し信号はストップ、大街道のあの通りは大渋滞となっていた車当たりはサイレンが鳴り響き、水が来た波車はUターンなどしても、大渋滞で全く身動きとれず、混乱のまま水没していったダウン社内の人は、ドアを開けようとしたり、窓を開けようとしたり、、、しかし水没した車は水圧でドアはあかず、重いエンジン部(エレキ部)から沈む車は窓もあかない叫び窓を叩き割ろうとして割れず、浸水し沈んでいく車を、姉は最後まで見届けず、ずっと目を伏せていたようだ。水の中を泳ぐ人達は、必死に沈む車に向かって泳ぐ。姉達が「そっちはダメだ~、こっちゃ来い」といくら叫んでも、皆車にしがみつく。なぜだかしがみつく。元水泳部の姉は、救い出そうと泳ごうとしたが、皆に止められ泳がなかった。


 大街道は水は全然引かない、そして季節外れの雪がゴンゴンと降り注ぐ中、歩道橋の上には老人や妊婦や、赤ちゃん連れの母親もいた雪毛布を持ってきた人がいてかぶるよう勧められたが、ワイシャツ・薄手のセーター・スカートの姉でも、死ぬほど寒くとも他の人に譲った。姉は寒さに耐えきれなくなり、歩道橋にいた数人で、カーテンのようなものをロープみたいに改造し、命綱にし、歩道橋から低めの屋根(?)へと飛び移り、海水の上を飛び飛びなんとか、自分の会社の2階にたどり着いた。2階には何か勘違いし2階にいた自社の社長と、ストーブが1台だけあった。詳しくは聞いてないが、その社長がいなかったら、あの2階にはいけなかったそうだが、姉はそれで、凍死をまぬがれた。

それでも、食べ物もなく、2階にはなんだかんだで70人くらいの避難者がおり、とても寒かったようだ。


 翌日は、水中で車にしがみつく人も、凍死してしまったのか、いなかった。近所の屋根の上に避難していた人も、ヘリが通過するたび「助けてー」と叫んでいたが、その声も少しずつなくなり、屋根の上の人も凍死して落ちたのか、だんだんと減っていった。


 水かさが少し引いてから、姉は脱出を試みた。姪は前谷地(山)の保育園にいたため、携帯が通じるうちに義母にお願いしておいた。義兄(姉の旦那)は仙台の泉に仕事で行っていた。みんな生きていると確信していた。姉は、腰までつかるほどの水の中、逃げた。遺体を踏んだ感触がし、転んでずぶぬれになりながら、水のないところまで逃げた。しかし、極寒だった。姉は通りすがりのトラックを無理やりヒッチハイクし、海沿いの壊滅地帯の義兄の会社まで走らせた。


 義兄の会社に着いた。義兄の会社は波の分かれ目にあったようで、偶然壊滅地帯の中残っていた。姉は旦那の名を呼んだ。が、いない!!会社の人から「奥さん(姉)捜しさ行ったど!!」と告げられ、適当な洋服をもらい着替えて、自分の会社へ戻った。また水につかって、しかもコケつつ、会社に着いたが旦那はいなかった。姉は諦め、空腹で体力も尽き、またヒッチハイクで前谷地へ向かった。そこで旦那とも再開したようだ。旦那はさすがに水中までには行かず、前谷地で待機することにしていたようだ。



 姉の会社の人は、沈みゆく車の中、割れない窓ガラスを叩きながら、浸水し、なくなっていく・・・その一部始終を見てしまった人は、その光景が頭から離れず、未だに夜は眠れないようだ。


 そんな話をしながら、私達は眠りについた。




      つづく