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深夜バスで行くくせに、はやる気持ちで仕事なんかできないって思い、会社を休んでしまう
出向直後の私にはあの職場は過酷・・・これは正解
あれこれ持ちすぎて、彼氏に借りた巨大スポーツバックは激重
大学の時に、気の迷いから登山部に入ったあの地獄が再びって感じ
なんとか深夜にバス乗り場に着くも、バスが着いてなくて30分待たされる・・・持参したスキーウェアが一番活躍したのはここ![]()
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夜行バスは、遅れたにもかかわらず、予定通りに到着
さすがですね
仙台の街並みは、いたって普通・・・ところどころ建物が損壊してるものの、朝5時なのにすき屋とかやってるし、普通に近い
バス乗り場に朝5時過ぎに着き、12:30発の東松島行きに乗ろうとするも、石巻行きと乗り場が同じで、石巻行きは列があるのに東松島行きは、ダイエーの警備員に「そんなバスない」などと言われる始末
バス停にちゃんと書いてるのになぁ
なんだかんだでダイエーの警備員に列からはみ出させられ、一人ちょこんと座る
仙台に住む妹が助けに来るはずが、来ないし
同情する人がカンパをくれそうになったが、食料は持参していたので丁重に断っておいた、優しい人だな![]()
待つこと30分・・・「緊急車両です!!あと7人まで乗せて石巻方面に行きますが、乗っていく人いますか~?」という声と、商用ワゴン車・・・不安になりつつも、ポツリポツリと向かう人に着いてって乗車
そして、バスを待つことなく出発
妹に「もう向うから、バス待ちの援助はいらんよ」と電話したら「渡したいもの(どらやき)があるから、家まで寄ってって」とのこと
まじ、KYな妹に苛立ちつつ、緊急車両に妹の家の近くに向かわせる・・・が、来ない
待たすなよって感じなのに来ない
しばらく待って、どら焼きを持った妹が登場
KYな妹と別れを告げ、緊急車両で東松島へ![]()
緊急車両の中には、矢本方面の人が多く乗っていた
やっぱりあっち方面は、交通の便が悪いからねぇ・・・
運転手のオジサンは、ちょっと怪しげな人だったけど、石巻の港地区の人らしい
家が流されたけど、奥さんは無事とか、今までずっと全力で人助けをしてて、色んな話をしてくれた
本当にいい人だったので、下りるときに遠慮するおじさんに無理やり1000円にぎらせて別れた![]()
私は母の友達の家にも寄るし、わかりやすい場所におろしてもらおうと、矢本駅に下ろしてもらった
矢本駅前は、波が着た形跡はあるものの、綺麗に片付けられて、タクシーが数台スタンバイしていた
津波が来たとは思えないくらい綺麗だった
そこから南下(海の方へ向かう)して母の友達の家へ向かった
南下するほど、道路の路肩に枯れ草の山や、水没した家のゴミ類の山が大きくなっていった
金網などは腰くらいの位置に枯れ草がへばりつき、ここまで波が来たことを教えてくれた![]()
母の友達とはマメにメールしていた関係もあって、合った瞬間抱き合って喜んだ
母の友達は、自宅の屋上から津波を見ていた
母の友達の話、波は黒いカーテンがかかるようにやってきた
保安林の松林をゆうに超える高波が、自衛隊松島基地の武器庫の小山を乗り越え、矢本の街へとやってきた
矢本に着た波は、波の上に大量の瓦礫がのっかり、まるで波の上をたくさんの人が歩いているように見えたと言っていた![]()
その後、更に南下し、母の住む実家へと向かった
どんどんと水没したゴミが増えていく・・・重機で瓦礫やゴミをかき分ける姿もあった
実家に到着した
複雑な関係な親子・・・今までの確執にはお互い振れないように、普通に振る舞った
家は、掃除がだいぶ済んだあとで、畳が全て取り払ってあり、家自体が傷まないように換気していた
重いタンスの下の畳だけはどうしても取れなかったらしく、隙間にヘドロが詰まった畳が2畳分だけ残されていた
居間の床にはなぜか大穴が空いていた
家の床や備え付けの棚の中は、まだ湿っていた
ただ、離れだけはフローリングの新築で、重点的に掃除しそこに暮らすことにしたようで、お父さん(位牌)と祖父母(位牌)はそこに無事並んでいて安心した![]()
私は実家に荷物を置き、近所の友達の家に向かった
この年になって、ピンポンを押さずに「○○いますか~」なんて叫んだ
そんな雰囲気なのだ
友達は元気そうだった
メールはしていたが、やはり顔を見ると安心が違う
そこで少し話をし、ちょっとのお土産とお守りを渡してお別れをした![]()
私は実家から泥まみれのチャリを取り出し、幼馴染の家の方へと南下した
幼馴染の家の方は、被害が酷い・・・google mapで見て、川の堤防が決壊し、土地が陥没し、湖ができているのがわかっていた
行くまでの間、近所の田んぼや用水路でさえ、瓦礫や車が突っ込んでいて、本当に大きな大木なんかが横たえていたりした
あれこれカメラで撮って、現地に行けない地元民たちのためにと撮っていたが、漂流物に混じるドロドロのランドセルには、シャッターが切れなかった
幼馴染の家に向かう途中のゴルフの打ちっぱなしの中には、プレハブ小屋や船が流れ着いていた![]()
道がところどころ瓦礫でふさがれ、なかなかたどりつけなかったが、ようやくたどりついた
幼馴染の家は津波でできた湖のすぐ近くになっていた
残念ながら会えなかったが、なんとなく安心した![]()
そのまま町営グランドまで向かった
ソフト部でよく使っていたグランドは、瓦礫はなく、ヘドロが乾いた水溜りのようにひび割れ、まるでアメリカのネバダ州ブラックロック砂漠で見た光景のようだった
よく町花のサルビアを植えた花壇には、どこかの中古車屋の車が値札を付けたまま不自然に乗り上げていた![]()
そうして実家に戻り、ヘドロでまみれた食器などを洗うのを手伝った
そして少し母と会話をした
母は、実家で地震にあい、お隣さんが慌てて車で近所の人を大塩(山)まで連れて行ったので、波を見ずにすんだ
母はその後、避難所を点々としていたところを、母の友達に迎えに来てもらい、3日ぶりに食べ物と暖かさにありつけたという![]()
その後、母と別れを告げ、姉が車で迎えに来るマックスバリューへと歩いた
途中現地人に郵便局はどこか聞かれ、道を教えた
その現地人のオバちゃんと話して、私のあまりにもみすぼらしい(ジャージ&スキーウェア)格好に避難者と間違って、おにぎりをくれそうになったが、丁重に遠慮しておいた
そのままヨークベニマル近くにさしかかったら、家の片付け中のおじいちゃんが、大量のゴミを運ぼうと、でも運べず道路でもがいていた
とっさに助けたが、私でも持ち切れず、そしたらまた別の通行人のオバちゃんも助けてくれた
この地元に生まれて、ほんと良かったと感じた
矢本って暖かいな![]()
と、長くなってきたから、続きは第二章で・・・![]()