警察の人から事情聴取を受けたりして、きらりが学校に着いた時には、もう2時間目が終ってた。
教室に入ると、クラスメートが一斉に駆け寄ってきた。一足先に学校に行ったレイラから、事故の話を「だいたい」聞いていたらしい。
「車に轢かれたんだって?」
「ビルの上まで飛ばされて、骨折したって聞いたけど。」
などというのは、まだましな方で、
「トラックに当てられて、誘拐されて行方不明じゃなかったの?」
という話にまでなっていたのにはまいった。
「見ての通り、ピンピンしてるよ!」
と皆んなに一生懸命説明し、結局きらりは頑丈な身体を持っているということに話が落ち着いたところに、3時間目の英語の先生が教室に入ってきて、やっとざわつきが収まったのだ。
それにしても、ときらりは考えていた。
あれは夢だったのだろうか。でも、確かにトラックが目の前にいた。ひょっとして、トラックが避けてくれたのかもしれない。きっとそうだと自分を納得させる。
でも、信号機の上にいたのはなぜなのかがわからない。あんな高い所に飛び上がれるはずがない。
考えても、考えてもわからなかった。
「あっ、そうだ。」
ふと思い出して、ポケットに手を入れてみた。
……君を守ってくれるはすじゃ。
そう言いながら渡された髪留めのリングは、間違いなくポケットに入ってた。
少なくとも、おじいさんと話したのは夢じゃない、ときらりは思う。
そのリングは、10センチぐらいの輪っかになった金属のようだった。
「どうやってこんなので髪を留めるのよ。髪から抜けちゃうじゃん。」
と独り言をつぶやく。もはや授業など上の空だ。
だが、「守ってくれる」とおじいさんは確かに言った。
……持ってろってこと?どうやって髪を留めるの?
考えながら、とりあえず今着けている髪ゴムを外さずに、束ねた後ろ髪をリングに通してみた。その瞬間、髪を後ろに軽く引っ張られるような感覚があった。
後ろの席の沙羅が髪を引っ張ったのかと思い、後ろを振り向いた。だが、沙羅はノートを取るのに一生懸命に鉛筆を走らせていた。
「何?」
きらりが振り向いたことに気がつき、声をほとんど出さないように、沙羅が聞く。
「何でもない。」
きらりも、声に出さないように口パクで応えて前を向いた。
そういえば、リングが落ちる気配がないことに気がついた。頭の後ろにあるから見えないけど、触った感覚として、明らかにリングが小さくなって、絞るようにしっかりと髪を留めているようだった。
試しに右手でリングの縁を持ち、後ろに引っ張ってみると、スッとリングは外れる。
「なんで?」
今まで、確かにしっかりと留まっていたはずだった。
もう一度リングに髪を通してみる。また、髪を束ねる時に感じる、キュッと後ろに吊るような感覚と共に、またリングがしっかりと髪を留めるのだ。
「ふふっ、良いもの貰っちゃった。」
なんだか楽しくなり、ひとりでほくそ笑むきらりであった。
それが、心を持たない者との戦いの始まりを告げるものであることも忘れていたのだ。
レイラは漢字で「礼楽」と書く。礼儀正しく、楽しい人生をと名付けられたらしい。
きらりとレイラは幼稚園の頃からずっと一緒だった。中学3年になって、初めて別のクラスになったが、2人の絆はそれくらいでは揺るがないときらりは思う。
「朝は、ほんっとにびっくりしたんだからね。」
訴えるようにレイラが言う。
「うん。心配かけてごめんね。」
学校の帰り道、いつもように2人で歩きながら、きらりが謝る。
「でも、どうやって信号機に上ったの?私、よくわからなかったの。」
とレイラに聞かれたが、そこだけは自分でもよくわからなかった。
もう秋になって、部活が終わるころには街は薄暗くなっていた。
今日は早く帰って来なさいと言われてはいたが、レイラとのお喋りは誕生日より大事なことなのだ。
さんざん喋って日が落ちるころになり、
「じゃあね。」
と、朝、事故に巻き込まれそうになった交差点で、どちらからともなくそう言って、レイラとは別れた。
「さあ、急いで帰らなきゃ。」
そう言って、急ぎ足になる。
9月生まれのきらりの誕生日には、果物がいっぱい出てくるのだ。もちろんケーキはついてくる。急ぎ足にもなろうというものだ。
街灯が灯り出した。大通りはいいが、裏通りに入ると、途端に少し暗くなる。
「明るいうちに帰って来なさい。」
パパとママからはよく言われるけど、レイラとのお喋りタイムを省くなんてできないのだ。
だが、秋から冬にかけて、家までのこの仄暗い道が、少し怖く感じることもある。
だんだんと足を早め、もう少しで家に着くというその時、頭の後ろ、耳のすぐ近くで、「キン」と金属を弾くような音がして、氷のような冷気が、背中を伝ったような気がした。
……誰かいる。
きらりは「人の気配」というものを生まれて初めて感じた。
どこにいるのかはわからないが、間違いなく誰かが近くにいる。しかも自分を見ている。
……どこ?
振り向くのは怖かった。そこに誰か立っていたらと考えるだけで、ぞっとする。
「ヒュン」という何かを振り回すような音がした瞬間、きらりの身体が反応した。
朝のトラックを避けたときと同じように、きらりはスッと高く跳び上がったのだ。
跳び上がった足下を、何かが通り過ぎたのがわかった。
きらりはそのまま近くの塀の上に立っていた。
「誰⁈」
きらりが叫んだその視線の先に、長い棒のようなものを持った男がいる。
「死ねっ!」
塀の上に立つきらりの足元をめがけて、男がもう一度棒のようなものを振り回してくる。
きらりは、今度は自分の意思でその場所から跳び上がり、右足で男の頭で軽くステップを踏むように蹴って、そのまま道路を挟んだ反対側の塀の上に降り立った。
……身体が軽い!
自分でも驚いていた。地面に落ちる気がしない。どこまででも跳ねていけそうな気がしていた。
きらりが軽く蹴っただけだったが、襲ってきた男は地面に倒れ込んで頭を押さえている。
「あなたは誰?なんで私を襲うの?」
男は返事をせず、顔だけ上げてきらりを睨みつけた。
男と目が合ったとき、きらりはゾクッと悪寒が走った。
男の瞳が細い三日月の形にに光っていたのだ。まるで猫のような目。
……人間じゃない⁈
男は飛び起きざま、棒をきらりに向かって突き刺してくる。
よく見ると、長い剣のようだ。
だが、今のきらりには、男の動きは手に取るようにわかった。
きらりは再び塀の上からジャンプした。
理屈じゃない。まるで重力などないように、羽根のように自分の身体が軽いのがわかる。
そしてきらりは、秋の大きな満月を背に、なんと男が突き出してきた剣の切っ先の上に片足で降り立ったのだ。
驚いた猫の目の男が、きらりを振り払おうとして剣を上に跳ね上げると、きらりはそのまま高く上に跳び上がった。
その時だ。
「キン」という金属音が響き、きらりの髪が燃え上がるように逆立ったかと思うと、髪を留めていたリングが眩しく光りながらその輪が大きくなり、光の輪がきらりを包み込んでゆく。
そして、塀の上にスッと降り立った。
そこには、今まで着ていたセーラー服のきらりとは違う、赤い髪のきらりが立っていた。
……剣を取るのじゃ。
どこからか声がした。あの老人の声だ。
言われるまま腰に手を当てると、持ち手があり、引き抜いた。
だが、その先には「剣」がついてないのだ。
戸惑うきらり。
……星の光を集めるのじゃ。差し出して星に願え。
再び老人の声。
わかんない!わかんないけど!
どうしていいかわからないまま、剣の持ち手を空に向かって高く差し出して叫ぶ。
「星よ!」
一瞬だが、空が暗くなり、夜空から光の筋がきらりが差し出した剣の持ち手に真っ直ぐに繋がる。
驚いたことに、今まで持ち手しかなかったものが、眩しいほどの光の剣となったのだ。
男がまた攻撃してきた。めちゃくちゃに剣を振り回してくる。
きらりは、道路を挟んだ塀の上を交互に跳びながら、その攻撃を避ける。
きらりは光の剣を持ちながら、反撃できずにいた。
剣を振ると、相手を切ってしまうのが怖いのだ。
……大丈夫。その剣は切れない。
きらりの心を見透かしたように老人の声が言う。
男が攻撃をやめない。
切れないならいいや。そう開き直ったきらりが反撃する。
光の剣で男をなぎ払う。
光の剣は男の腹部に当たり、男が「グホッ」と声を上げた。
ダメージは与えたみたいであるが、本当に切れてはいないようだ。
……今じゃ。浄化するのじゃ。
ジョーカ?老人の言う意味がすぐにはわからなかった。
……天に向かって星の光に願え。
きらりは言われたとおりに光の剣を空に差し出し願う。
「星の光よ!」
……その場で振り切れ!浄化するのじゃ!
男とは10mほどの距離がある。
「ジョーカ!」
きらりは言われるまま、光の剣を振り下ろした。
驚いたことに、光の剣はその光る刃だけが一段と眩しい光を放ちながら、男を包んだのだ。
ほんの一瞬だが、辺りは昼間のように明るくなり、また暗くなった。
しばらくして、男が上半身を起こした。そして、塀の上のきらりと目があった。。
もう猫の目の男ではなかった。何が起こったのかわからないというように頭を振ると、のっそりと立ち上がり、服の汚れを叩くと、きらりが塀の上に立っているのを不思議そうに見ながら、立ち去って行く。
……操られていたのじゃよ。奴らに。
老人の声。
「心を持たない者に?」
きらりが尋ねる。
……そうじゃ。じゃから、光の剣で浄化した。操った者はまだ近くにいるはずじゃ。
老人から言われて、きらりは辺りを見回す。
すぐ近くにある家の屋根の上に人の影が立っているように見えたが、すぐに消え、もう二度と現れなかった。
その怪しい人影が見えなくなると、また「キン」と金属音がしてきらりが光に包まれた。
そして、学校帰りのセーラー服のきらりに戻り、リングは元の髪留めになった。
……覚悟を決めるのじゃ、星を継ぐ者よ。この星を救えるのはお前たちだけじゃ。
「おじいさん。」
きらりが呼びかけたが、それきり老人の返事はなかった。
それが15歳の誕生日の夕方のことだった。
