好意が搾取に変わるとき | 伊藤 恵利子/あなたの財の運気を回す【大阪・オンライン】

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5月から7月にかけてトラブルがあった。
結果的にご縁を切ることにもなったのだが、いろいろと考えさせられることがあった。


どの仕事もそうだと思うけれど、
自分の持つもの(技術や商品)を相手に渡し、相手はその対価を渡す。
時々、提供する側がその対価なしに自分の持つものを提供することもあると思うけれど、それはあくまでも提供する側の好意だ。

その好意を、いつしかもらう側が当たり前と思うようになったときが怖いのだ。
相手のことが好きだから、その好きを免罪符のように相手からもらってもいいと考えるようになってしまう。
そこに搾取しているという自覚はない。

私は相手を好きだからもらっていい。
私は好きな相手から自分が欲しいものをもらっていい。

そうやって好きを免罪符に無意識の搾取をする人が周囲に増えると、提供する側にいる人はだんだん疲弊していく。
そうやって消えていった人は少なくないと思う。


相手が好きだと思うのなら、
相手に本当の意味で敬意を払うなら、
相手に対価を渡してほしいと思う。
好きの気持ちだけを相手にぶつけても
相手は困ってしまう。
好きなら何をしてもいいのではない。
無償で渡しているものはあくまで提供する側の好意であって、自分も好きだからその好意だけを受け取ってもいいということではない。
提供する側が犠牲になる何かなど存在していい訳がないと私は思う。

私自身も気づかないうちに相手から搾取してしまっているのかもしれない。
自分自身を省みて、相手を好意という名の負担で苦しめないようにしたいと思う。